「不登校支援策」が教師を追い詰める 反省文の害⑨
「不登校の児童を車に乗せ無理やり学校へ 教諭に厳重注意」
え? 何があった? どうした?
新聞記事の見出しに驚いて記事に目をやる。新聞で報道された内容は以下の通り。
不登校の傾向がある低学年の男子児童を無理に学校に連れ出したとして、愛知県半田市教育委員会が市立小学校の校長と担任の女性教諭を口頭で厳重注意していたことが11日、明らかになった。厳重注意は昨年12月24日付。
市教委によると、女性教諭は昨年12月半ばごろ、登校を促そうと男児宅を訪問。「行きたくない」と言う男児を車に乗せ、学校に連れ出した。保護者は不在だったが、その場にいた姉から保護者を通じて学校に連絡が入り、自宅に送りかえした。女性教諭は「登校するきっかけをつくりたかった」と考えたという。
(朝日新聞 2021年6月12日)
保護者不在の家から子どもを連れ出したらダメだ。連れ出したのが教師でなく、行き先が学校でなかったら、これは拉致事件として報道されていただろう。
この「事件」を起こした教師は、かなり錯乱していたに違いない。
記事を読み、不登校支援の難しさを考えていた。
すぐに思い出したのが不登校支援に関わる様々な決まり。まずは、こちらをご覧ください。(注1)
つまり欠席が3日続いた時点で、それは管理職に報告するようなオオゴトになる。「支援チーム会議の開催など学校としての対応を検討します」と書いてある。(もちろん、旅行や入院など事前に連絡があった「連続3日」はベツモノです。)
このような「手引き」が都道府県教育委員会から出されている。教師はこの「手引き」に基づき不登校に対応することになっている。
なぜ、このような「手引き」があるのか。
それは文部科学省が「不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)」という文書を各都道府県教育委員会に出したからだ。
メチャクチャ要約して言うと「不登校対策をまとめたから教育委員会は教職員に指導しなさい」という内容だ。
オオザッパなまとめをすると次のような構図だ。
文部科学省が「通知」を出す
↓
各都道府県教育委員会が「手引き」を作る
↓
各所属の学校の教師が「手引き」に従う
文部科学省の「通知」文には、不登校支援に当たり「重要であること」「必要であること」「望ましいこと」「考えること」「配慮すること」がたくさん並んでいる。
都道府県教育委員会は、それらを具体的な支援手順にして「手引き」にまとめ、「行います」「します」と教師に指示する。
そして、教師は「手引き」に示された手順に従って不登校支援を行う。
以上のような構図だ。これはもう立派な上意下達。
学校教師は「手引き」に基づいた不登校支援の実行が求められている。
でもね、「手引き」に書かれたは手順は「そうすれば必ず子どもが登校する」というものではない。支援計画の作成にはSC(スクールカウンセラー」やSSW(スクールソーシャルワーカー)他、大勢が関わるけれど、予想通りの結果が得られるとは限らない。(注2)
不登校の理由は個々に違うし、簡単には解決できない深い理由がある場合もある。例えば、私は次のような事例を紹介した。
ここに挙げたコジロウくんは学校を休みがちだった。精神的に不安定な状態にある母親に寄り添おうとしていたのだろう。その場合、彼に「休むな」とは言えない。ましてや母親に「コジロウくん、どうして休んでいるんでしょうか」と尋ねることはできない。
ひとまず静かに見守るしかない。そういう事例もある。
このような深い理由がある場合、不登校の解決は難しい。子どもの欠席は続く。
しかし、文部科学省から「通知」が出ている。それに基づき教育委員会は「手引き」を作っている。指導を受けた教師は「登校させなければならない」と思い込む。そうなった時、教師は、解決できない不登校に追い詰められる。
その結果、何が起きるか。
教師の〈問題行動〉が起きる。
以前の文章で、子どもの〈問題行動〉について、次のように書いた。
《できない》で困った子どもは、それをやり過ごすための様々な工夫を始める。それが、時に、ズルであったりウソであったりする。(『反省文の害⑥』)
教師も子どもも人間だ。追い詰められた時の行動は、変わらない。「どうにかしなければならない」という焦りは変わらない。
焦った時の教師の〈問題行動〉とは、次のようなものだ。
子どもを短時間でも登校させることで欠席日数を減らそうとする。
「遅刻でもいい」「早退でもいい」「保健室登校はどうだろう」「図書室登校もある」「給食を食べにくるだけでもいい」
そう言って、子どもを登校させようとする。
もちろん、この方法が全ての場合で悪いわけでない。「家に籠もりがちな子どもを、とりあえず家から出て学校に向かわせる」ことが効果的な場合もあるだろう。
でも、「一律に」はダメだ。「無理に」はダメだ。それでは、教師の声を聞くのも怖くなる。ますます学校が苦痛な場所になる。「登校のきっかけ」にならない。却って学校に行けなくなる。逆効果だ。だから〈問題行動〉と言った。
冒頭の「事件」は、追い詰められた教師の〈問題行動〉だったのではないか。「今日も休んでいる」という事態を受け入れられない教師が錯乱した結果「無理に学校に連れ出した」のではないか。
記事を読み、余裕を失った教師の姿を思い浮かべていた。
「通知」や「手引き」によって不登校支援を求められる。
「重要だ」「します」と支援策が示される。
大勢が集まったケース会議で支援計画が練られる。
当然、支援計画の実施を求められる。結果を求められる。
しかし、求められた通りにできない。結果を出せない。
その事実を受け入れられない時、人は〈問題行動〉を起こす。
これは『反省文の害』を通してずっと考えていることだ。
今回は、ここまで。
(注1)
「岡山型 長期欠席・不登校対策スタンダード」p.5
同様の内容が他都道府県の「手引き」にも書かれています。
(注2)
支援計画は、管理職、養護教諭、生活指導主任、SC(スクールカウンセラー)やSSW(スクールソーシャルワーカー)を加えたケース会議によって作られる。定期的なケース会議によって、子どもの欠席状況が確認され、今後の方策が練られる。