ホン・サンス監督『逃げた女』2020, The Woman Who Ran
ホン・サンス監督『逃げた女』2020, The Woman Who Ran
2020年ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)受賞作品です。
完成度が高く、個人的には大好きな映画でした。
【ストーリー】結婚5年目の女性ガミ(キム・ミニ)が、出張に出た夫の不在の間に、ソウル郊外の女友達3人のそれぞれのもとを訪ね歩きます。
ナラティブは、主人公ガミが、女友達の家をたずね、隣りあって腰かけ、対面してかわすたわいのない会話により進行します。日々の暮らしや、結婚生活、男女関係など、会話の中から、都会で暮らす女性たちが、日々の暮らしにそれなりに充足しつつ、どこかで鬱屈や寂しさを秘める姿が浮き彫りにされます。劇的な物語展開はなく、各20〜30分ごとに、主人公が別の友人のもとを訪ねることでシーンが転換してきます。
女性たちの横顔を写すフィックスのカメラ、カメラのズームがもたらす乱調、映画内映画の挿入など、形式性の高さがホン・サンス監督の持ち味でしょうか。映画学科で映画制作を学んだ監督らしい、『カイエ・デュ・シネマ』的で、作風としては、会話のテンポなど、ロメールっぽさを感じさせます。
『逃げた女』の物語内で、女性どうしの関係性は会話内部の暗示にとどまります。対話が重ねられる中で、語られる生活や人生が、積層して重みをましていき、最後に挿入された白黒フィルムに延々とうつる波打ち際の風景に軽やかに流れこみます。ホン・サンス監督のナラティブは、フィルム空間がもつ持続時間の独特の美しさを、静かに、最高限度に顕現させています。
一方で、スタイリッシュな作品にありがちな観念性や表層性(うすっぺらさ)の罠を回避し、長身の女優たちのゆったりとした腰まわり、静脈のうきたつ手首、ふしくれだった指先など、さりげなく丹念に写しており、そうした身体的な存在感により物語世界に肉感が与えられています。上手いなあ、、とつくづく感心させられます。
映画における女子どうしの会話劇の系譜といえば、リヴェットは破天荒だし、ベルイマンだともっと神経症的な感じ、カサヴェテスは、、などと考えますが、ロメール女子たちはたおやかで可愛らしくていいですね。