#超短編小説
【夢の話】アンモナイトの化石
その夢の中で、私は十歳くらいの少女になっていた。重みを含んだ暗さと、靴の下のふかふかとしたカーペットが、本当にここを歩いているのか、と心許な気になるが、それはいつかの現実の世界で感じていた感覚だった。
建物のどこか奥の方にある機械が発しているような埃っぽさと、それを電気の力で浄化しようとしているような臭いがする。
そこは博物館のような場所だった。展示物の場所だけが、黄色く、明るく灯っていた。近づい
【ショートショート】レモンとおじさん(2)〜はじまりの月夜に〜
暗い、暗い夜の海
一筋の光が、揺れている
その先に、浮かぶのは、月
まんまるく、黄色い光に
見惚れていると、吸い込まれるよ
・
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一隻の、小さな船が海に出た
オールを握る、おじさんの手
ゆっくり、ゆっくり、漕ぎ始める
沢山のものと出会い、育み、慈しんできた
そうして蓄えたものたちに、ひとつずつ、さよならを告げる、そんな旅
潮が満ちて、引いてゆくように
悲しいことではない
進むこと
【ショートショート】レモンとおじさん〜連なり、生まれる〜
おじさんが連なっている。
よく見ると、おじさんとおじさんの間にレモンが浮いている。
おじさんが前にスッと腕を上げると、手に取れるくらいの位置に。
レモンとおじさんは、程よい距離を保っている。
おじさんの連なりは、住宅街の中をゆっくりと進んでいる。
車が前を横切ろうとすれば立ち止まり、ベビーカーを押した女性が前から歩いてきたら、少しずれて、全員で道を譲った。
どういう具合でレモンが発生す
【ショートショートと思いきや】手相があるので
私の強みは、私の手相です。私の自慢でもあり、誇りでも、自信の源でもあります。
私がなぜこんなに日々溌剌と過ごせるか、なぜ毎日やってくる明日に希望を持てるのか。それは、この手相があるからです。
私の手相で気に入っているところは、まあいくつもありますが、やはり一番はこの薬指の下にスッと伸びる金運線です。語ってもいいですか?ええ、では遠慮なく。自然に伸びる枝のようにのびのびと生えているその溝はちょっと
【ショートショート】カールおじさん
カールおじさんは、吉祥寺にいる。
吉祥寺サンロード商店街か、井の頭公園によく現れた。天気の良い日は決まって商店街に出没する。
服装はいつも同じ。
デニム生地のオーバーオールに、白い半袖のTシャツ。オールシーズンだ。
被り物は天気や季節によって変わる。冬はニット帽、雨の日は水泳帽になったりする。
そして手にはいつも「カール 6種のブレンドチーズあじ」を抱えるように持っていた。
人通りの多
【ショートショート】父の日
今日は父の日。実家に住む娘たちから荷物が届いた。
単身赴任は寂しい。もう五年も経ってしまった。
あの時小学生だった娘たちは、すでに大学受験の話をしている。
高校一年生で、大学の心配をするなんて、早すぎないか。何のための高校だ、高校は大学受験のために行くところじゃないぞ。
そんな言葉をやっても、こんな距離からでは妻も娘も耳を貸さない。
家では妻と娘たちが毎日楽しくやっているようだ。
時々ビデオ電