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先生、肛門科に行ってもいいですか

「おむつが三角に尖るくらいのうんちをしながら歩き回ってる時が、一番可愛かったなあ」


実家に帰るとこの話を、父から未だに聞かされる。


私の可愛いエピソードはそれ以外にもあってほしかったし、父として結婚間近である実の娘に対し、感慨深そうに話すエピソードが本当にそれでいいのかとも問いたい。どうか両家顔合わせの席では、余計なことを言わないよう願う。


私は小さい頃からとにかく便秘気味な子どもだった。

全くもよおす気配がないせいで、綿棒浣腸を何度もくらったり、執拗なおむつチェックをされた。

アルプスの少女ハイジのスパルタキャラ、ロッテンマイヤーさんも顔負けのうんち管理だったと思う。


突然なんの話が始まったんだって感じだと思うが、私は切れ痔だ。ついでに言うと私の父はいぼ痔だ。

このページを興味本位で開いてくれた人と、全世界にいぼ痔をサプライズ公開された父には本当に申し訳ないが、切実な悩みを少しだけ聞いてほしい。


私は、肛門科に行けないのだ。
いや、正確には「行かない」の方が正しいかもしれない。


もちろん、過去に病院にかかって、薬で治療もしていた。していたのだけれど、幼少期から長年鍛え抜かれた、私の強靭な尻には敵わなかったのだろう。笑えるほど治らなかった。

ここで、本来ならばセカンドオピニオンを選択する必要があったと思うのだが、一つ目の肛門科でのある経験で、受診するのに腰が重くなってしまったのだ。


そもそも“肛門科”という場所に足を運ぶこと自体、結構ハードルが高い。

こんな大っぴらに痔の話をしてしまう女といえど、人並みの羞恥心は持ち合わせている。

周りからは耳にタコができるほど「早く医者に行け」と言われていたし、いぼ痔を治した友達からは、


「この痛みから解放されるなら、尻の穴くらい医者にいくらでも見せるね」


と、ドヤ顔で言われたりもした。
医者の方もそのスタンスはご遠慮願うだろ。


それでも決めあぐねていたところにある日、それは起きた。

青いイナズマの如くド級のヤツが、尻を爆破して病院受診を余儀なくされたのだ。

これはヤバい、ダメだ、痛すぎる。
動いても痛い、じっとしてても痛い。

アパレルという一日中動き回る仕事をしていた私にとっては、致命傷だ。

プロ根性で笑顔だけは崩さずいつも通りお客様と接していたが、無意識に尻を庇って歩いていたせいか、次の日初めて尻が筋肉痛になった。

自分が普段使えていない筋肉を知るいい機会にはなったものの、さすがの私でも、このレベルの痔を放っておくわけにはいかない。


「肛門科 口コミ」「肛門科 名医」あらゆるワードを駆使して、少しでも腕のいい肛門科医に見てもらおうと、暇さえあれば調べまくった。

そして見つけたある肛門科に、生まれたての子鹿もびっくりなくらい、不安と恐怖で震えながら受診。


受診当日、今にも心臓が出そうになりながら順番を待つ。緊張のせいか冷や汗がとまらないし呼吸も浅い。

一体どんな診察が待ち受けてるんだろう…自慢じゃないが、私はかなり痛みに弱い。

どれくらい弱いかというと、市の集団健康診断の採血でぶっ倒れ、本来ならば採血の順番待ちをする場所を独占して、横になるくらい弱い。大迷惑である。

ここで恐怖のあまり尻丸出しで気絶…なんて失態をおかしてしまったら、この肛門科医に末代まで語り継がれる、伝説の笑い者にされてしまうだろう。


そんなしょうもないことに想像力を使い、無駄に気力を削いでいた私のもとに、とうとうその時がやってきた。

「にほさーん、お入りください」

「はいぃい…」

いかにも貫禄溢れる先生を目の前に、緊張はピークに達する。

「はい、じゃあ履き物を下ろしてそこの台に横になってください」

(ど、どれくらい下ろすの?尻の割れ目が見えるくらい?それとも丸出し?丸出しってどこまで?)


履き物を下ろせの塩梅が分からず、横になったままオロオロしていた私のデニムとパンツを、若くて綺麗な看護婦さんがグッと掴んで一気に下ろす。

あ…なんかもう…どうにでもしてください…


「それじゃ、見ていきますねー」

来る!!来るぞ!!

「あー切れてるね、右側。じゃあ処方箋出しておきますんで」

なるほど右側。えっ?

「えっ?」
「薬出しておきます、それで様子見てください」
「あ、はい」

終了した。あっという間に診察終了。
呆気ないとかいうレベルではない、体感2秒だった。


この時の先生のクールな眼差しと、どこか冷めた声音が忘られない。

私はこの経験で、すっかり長年の切れ痔患者としての自信を失くしてしまったのだ。


そんなことは一言も言われていないのだが、「あなた、こんなレベルの低い痔でわざわざ来たの?うちは痔の猛者たちが集う場所なんだよ。ケツ洗って出直してきな。」と、一蹴されたような気持ち。

そして処方された薬は笑えるほど効かず、痔が治るわけでもなく、今に至る。


この日を境に、私はもっと自分の尻を鍛えなければという、謎の使命感に駆られるようになった。


いつか先生に「立派に、やりましたね」と笑顔を見せてもらえるくらい、鍛錬しなければと。


今は結構(切れ痔が)成長したと思っている。

というか、病院側からしたらほとほと迷惑な話に違いないし、私が「病院イヤだ」と駄々をこねているだけというのが、そろそろバレている頃かもしれない。


くわえて、限界です、という尻の声。


どなたか、「屁理屈はもういいから病院に行け」と私の尻を叩いてくれませんか。
なるべく優しく、お願いします。


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