▼京都・伏見の鉄分高め散策▼②:伏見区内踏切を愛でる街歩き(前編:JRと近鉄)
お正月の京都帰省の際に歩いた伏見区内。実はあまり行先を決めずに散策していたのですが、今回は踏切を歩くのが楽しくなってしまい、「踏切を愛でる」ことが、一つの目的になってしまいました(笑)。それ以外にも、前回の記事で紹介した、複雑な路線の変遷なども興味深いです。(前回の記事はこちら)
では、踏切を愛でる街歩き、楽しんでいきましょう。
■JR奈良線(桃山→JR藤森間)の踏切を愛でる
【JR-①:大手道踏切】
【JR-②:大和街道踏切】
【JR-③:第二御陵踏切】
【JR-④:第一御陵踏切】
【JR-⑤:長岡踏切】
【JR-⑥:大亀谷踏切】
【JR-⑦:郡山街道踏切】
なぜ、そんな名前なのかを調べてみました。かつては、奈良街道の一部であり、奈良の隣の城下町、郡山(大和郡山)に通じる「郡山街道」の一部であったようで、墨染から峠を越えて六地蔵を通り、宇治を通って奈良に向かう街道の一部だったようです。
桃山駅からJR藤森駅までの区間の踏切を巡りましたが、とても興味深い地名がたくさん出てきました。伏見区内は元々面白い地名がある地域です。
■近鉄京都線(桃山御陵前→伏見間)の踏切を愛でる
次に、近鉄京都線を巡りたいと思います。近鉄京都線は、桃山御陵前駅と伏見駅が昔から高架駅で、丹波橋駅は掘割構造の駅です。あまり踏切は無いのではないか?と思いますが、実は少しだけあります。近鉄京都線は、JRや京阪よりも少し新しい時期に開通した路線です。なので立体交差が多い、という特殊事情があります。その事情とは・・、実は明治以降にこの地にできた、第16師団と呼ばれる、旧日本軍の師団が関係しているとされます。伏見区内には軍道が多く通っていて、そこに踏切を設けることはできなかったため、昔からある京阪線は道路がオーバーパスし、新しくできた近鉄線は、高架構造となった、というのです。では、その近鉄線を少し見てみたいと思います。
今回探索範囲では、この2か所が近鉄線の踏切でした。
京阪電車の踏切を紹介していませんが・・。
数がとても多いので、次回にご紹介することにしましょう。
■終わりに
踏切は、昔の地名を残していたりするので、とても興味深いのですが、特に京都市伏見区周辺は、元々住宅密集地の中に3つの鉄道が走る場所なので、興味深い踏切がたくさんあり、見どころ満載です。
次回は、京阪線の踏切を案内しますので、お楽しみに。