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【小説25最終話】麻子、逃げるなら今だ‼︎〜成長〜


全話収録(フィクション)⤵️

前日譚•原案(ノンフィクション)⤵️



25.成長

 シングルになって3か月半。
休みで自宅に居た麻子に独身男性から電話がかかってきた。
留守電に切り替わり「離婚届が…」の声に慌てて受話器を取る。
何てグッドタイミング、胸が高鳴るではないか。
今日が休みでラッキー、シフトを作った自分はナイスだ、褒めてやりたい。
 独身男性は元夫だ。
まさか麻子が休みだとは思わずにかけてきたのだろう。
用件だけ留守電に入れるつもりだったのだろう。残念でした。
そして彼は自分が独身であることを未だ知らない。

 昨日、仕事から帰ってみると元夫が荷物を取りに来たらしい形跡があった。
会いたい訳ではないが、電話は無視するわ、メールは寄越さないわ、麻子が不在の日に限って勝手に来るわ、離婚に際しての話し合いは一切しないわ、何より赤の他人が自宅の鍵を持って勝手に出入りするのはご免被りたい。
 お望み通り離婚届は出したけれど、協議でも調停でも審判でも裁判でもない。
離婚自体には合意でも、一方的に通告されただけで麻子の意思は確認してもらっていない。
無言離婚?無声離婚?勝手離婚?

 電話の主旨は「昨日行ったが離婚届がなかった」
そりゃあそうだ、あったら驚く。
この電話を逃す手はない。
感情を入れずに話すのはお手のもの。
今まで言えなかったことを言わせてもらおう、丁寧に「です•ます調」で。
 離婚届は提出済み、離婚に異存はないが一方的すぎる、協議とは話し合うこと双方の意思に基づくこと、子どもの籍はどうするのか、使い込んだお金や娘由美への借金返済が未決、それから…

 元夫が噴火した、警戒レベル5。
電話だから全然怖くない。
麻子の留守電に返事をしないのは「しょうもない内容だから」
メールをしないのは「アンタがメールをしてこないから」
子どもの籍は「アイツらは大人で俺が言う必要はないから」
 自分の子どもにアイツ?赤の他人にアンタ?
これが親から頼りにされ、人から好かれ、仕事仲間から慕われ、友人から優し過ぎると言われている彼の本性。
 「今後お話することはありませんので切ります」と最後だけは慇懃無礼だった。
離婚届を勝手に提出したことについては、望み通りだったのか一言も触れてはこなかった。

 電話の6日後、鍵がドアポケットに入っていた。
これで留守中に侵入されることはない。
彼が「離婚する」と宣言してから10か月が経っていた。
 天国のお父さん、ごめんね。
「一生麻子さんを幸せにします。
経済的な心配は一切させません」ってお父さんを説得した人とお別れしたよ。
一緒に居ない方が幸せになれそうよ。
お金の心配もしなくて済みそうよ。
由美も修も進も成長しているから大丈夫よ。

 由美は父親と同じ籍に名前があるのは嫌だと、さっさと分籍をして一人だけの戸籍を作った。
 「それって今変えないとまずいの?」と修が訊いてくる。
結婚なんかのときに、隣県から戸籍謄本を取り寄せるのが面倒なだけと返事をすると「じゃあやめとく」と即答。
目先の面倒から逃げやがったな。

 デイサービスの成績は復調傾向だ。
567で外出しなくなった高齢者に、塞ぎ込んだり体力が落ちたり喋らなくなったり物忘れが進んだりするケースが多くなった。
心配になったご家族が「安全で効果的な外出を」とデイ利用を考えるようになったからだ。
 567以降ソーシャルディスタンスの為に減らしていた定員を増やして、新規契約者を獲得して行く。
 「前田さん、明日どうやって座ってもらう?人数は増やせ、間は空けろって…」
嬉しい悲鳴に違いはないが、職員は毎日パズルのような配席に頭を悩ませている。
現場を知らない管理者は、売り上げが伸びてほくほくだ。
やっぱり賑やか過ぎるくらいが良いなと、活気が戻ったデイを見て思う。

 思いがけない異動があった。
新卒入社から5年の社員、介護福祉士資格保有、いずれはケアマネ資格も取りたいという若き男性、花輪君。
腰を傷めて有料老人ホームからデイへの希望異動。
 花輪君のことはよく知っている。
願ってもないチャンス。
介護経験も介護福祉士資格もなく管理者をバックに我が物顔で振る舞う岩山さんを出し抜いてやろう。
ベテランパート職員の皆んなには伸び伸びと働いてもらおう。
花輪君がデイの業務に慣れたら、生活相談員として育てよう。
ゆくゆくはリーダーに推薦して育ててみよう。
麻子はその役職から逃げるつもりだ。

 花輪君のOJTには岩山さんをつける。
意地悪ではない。
他者に教えることで成長してもらいたい。
岩山さんより介護経験がある花輪君を教えることで、自分に足りないところに気づいてもらいたい。
業務上の指示であっても「それはパワハラじゃないんですか」「私は傷つきました」と麻子に言い返しては管理者に告げ口することが、正しくはないことだと知ってもらいたい。
 いい加減、管理者からも岩山さんからも離れたい、逃げ出したい、気持ち良く働きたい。
「逃げる」のは「環境を変えること」決して卑怯ではないと麻子は知っている。 
尤も既に管理者は「判子係」でしかないのだけれど。

 花輪君はビジョンが明確なだけに覚えるのが速い。
受検資格の為に3年間が過ぎるのをただ待っているだけの岩山さんとは意気込みが違う。
お祖母様を看取った経験が介護職を選んだきっかけと言うだけあって、ご利用者からの人気も鰻上りだ。
 何よりも岩山さんと違って、感情的にならないのが一番良い。
OJTの岩山さんは花輪君の逆教育のお陰か、日を追うごとに大人しくなって行く。
これを機に、管理者に逃げてないで素直に自分と向き合ってみてごらんよ。
その方がきっと岩山さんは素敵な介護士に成長できると信じているよ。

 「だって、まさか向こうの方が本当に出て行くとは思ってなかったからさぁ…」
次男の進が家を出て行く。
父親と同じ家に居たくなくて、内緒で計画していたことが今頃漸く実現する。
 寂しくなるけど良いよ。
末子だから、由美や修より一緒に過ごした時間は短かかったけれど良いよ。
自活すると良いよ。
親からは逃げちゃえば良いよ。
成長したんだね。
親は止めちゃいけない。
子どもの自立を止めちゃいけない。
親も子どもに構うことから逃げるよ。
そのときになったら目から汗が出るかも知れないけれど。      了
(2,511文字)


あとがきと謝辞

 初めての小説「麻子、逃げるなら今だ‼︎」を書き終えたところです。
当初20話を予定していたのに5話超過してしまいました。
 小説を書くつもりは全くなく「自分とは無縁」なものだと思っていました。
拙作の「パワハラ編」をご覧になった方から「小説で読んでみたい」とコメントをいただいていたにも関わらず延ばし延ばしにしているうちに「創作大賞2023」への応募が始まったことがきっかけです。
どちらが欠けても書いていませんでした。
 麻子は私の分身ですが、イコールではありません。
作中のエピソードは経験を基にしていますが脚色しています。
割愛したエピソードが山のようにあるので、ノンフィクションの方で書く予定にしています。
 意外だったのは、麻子に「頑張れ」「逃げろ」「負けるな」と応援して下さったり、「私にとっての朝ドラです」「毎日の楽しみ」「続きを早く読みたい」と言っていただいたりしたことです。
迂闊なことは書けないなと快いプレッシャーになりました。
 最も意外だったのは男性からの反応でした。
長文でご意見やご感想をお寄せ下さった方、麻子に「こうしたら良い」「ああしたら良い」「それは避けた方が良い」とアドバイスを下さった方、「管理者が嫌い」と言って下さった方、夫に対して「なっていない」「クズだ」とご意見を下さった方…
男性からは共感が得られにくいと思っていただけに嬉しかったです。 
 今はとにかく「書き終えることができた」という安堵感でいっぱいです。
思いがけない機会をいただけたことに感謝しています。
皆様、本当に有難うございました。


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