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【小説18】麻子、逃げるなら今だ‼︎〜ため息〜
全話収録(フィクション)⤵️
前日譚、原案(ノンフィクション)⤵️
18.ため息
「前田さん、施設長が呼んでたよ」
総務の新井さんから声をかけられた麻子は「朝っぱらから?」とオフィスへ急いだ。
「お父様のこと大変でしたね。
これは会社からの弔意金ですからお返しは無用です。お納め下さい」
施設長が深々と頭を下げ、不祝儀袋を手渡してくれた。
ふと何年か前の義父のときのことを思い出した。
麻子が有料老人ホームに勤務していたときに義父が急死した。
シフトを調整してもらえたので、有給休暇を取って通夜と告別式に行くことができた。
休み明けの朝、今は本社に居る谷川課長に捕まってしまった。
「突然お休みをいただいて申し訳ございませんでした」
麻子が休んだとてこの人に迷惑はかかっていないと思ったけれど、後で何を言われるかと思わず下手に出てしまった。
「あ〜ら前田さん、お義父様ご愁傷様でしたぁ‼︎救急搬送だったのぉ⁉︎」
正直、当時の麻子は夫にも義父母にも大して気持ちは動かなくなっていた。
それでもこんなに大きな声で言う?
そんなに嬉しそうな笑顔で言う?
谷川課長にとって、麻子の不幸は蜜の味なんだな…
日曜日にあったデイサービス保護者会は大盛況だった。
質疑応答の時間も取ったが、閉会してから麻子に個人的に相談したいというご家族達が何人も順番を待って下さった。
高揚感と達成感で一杯になった。
撤収作業は営繕職員が「やっておくよ」と言ってくれたし、デイ職員は「帰らなくていいの?」と気遣ってくれた。
管理者はどうだ?
説き伏せて頼み込んだ開会の挨拶を済ませたらそそくさと部屋から出て行ってしまった。
ご参加家族にお礼の言葉くらいかけてくれたって良いじゃないか。
保護者会の前日に麻子の父が亡くなった。
病室から職場に電話をしたら、管理者は既に帰った後だった。
翌日に保護者会を控え、麻子には管理者に相談したいことが山のようにあった。
場合によっては管理者に保護者会の司会進行を頼みたかった。
SMSは当日になっても既読が付かなかった。
これでは会社携帯を持ち帰っている意味がないではないか。
翌日の日曜日、葬儀会社との打ち合わせには妹と娘の由美が出向いてくれることになった。
遠方に住む弟は、仕事の調整がつき次第義妹と姪を連れて合流してくれると言っている。
ここは甘えさせてもらわねば仕方がない。
麻子は申し訳なさを振り切って早めに職場に向かい、デイ職員に父が亡くなったことを伝えた。
姿が見えない管理者は、どうせ始業時間まで喫煙スペースで缶コーヒーを飲んでいるのだろう。
「昨日、父が亡くなりました」
「やっぱりな」
やっぱりな?谷川課長も強烈だったけれど、やっぱりなって…
「何回もお電話しましたが出られませんでした。メールもしましたが…」
「あ〜電源切っとったわ。
ははははは、こんな日に会社に来てていいの?」
管理者と連絡がつかないから来たんでしょうが。
保護者会があるから来たんでしょうが。
突然休んだら、管理者が保護者会を仕切ってくれたというの?
結局、麻子が休めたのは保護者会の翌日の月曜日1日だけだった。
生前、麻子は父の元に通ってお葬式やお墓の話をして希望を聴いていたから、母と子どもである麻子達と孫達だけで送ることにした。
夫に父死去の連絡をしたが、わざわざ出張先から帰らなくて構わないと言ったら、本当に帰って来なかった。
お骨揚げを済ませたその足で、喪服のまま妹と市役所へ行き、その日の内にできる手続きは閉庁までかかって済ませた。
施設への対応と母のことは弟に任せた。
「前田さん、休んだら?
お父さんのこと、未だ忙しいんでしょう?」
職員達が心配そうに声をかけてくれる。
前任のリーダーがインフルエンザに罹ったときには前任の管理者が代わりに業務を行っていたのを覚えている。
今の管理者はどうだろう?
麻子に「リーダーの仕事を解っているのか」「それでよく生活相談員をやってるな」と言ったことはあるが、代わりに麻子の業務はできないではないか。
休める訳がない。
妹が仕事を休んで、急ぎの手続き
を済ませてくれた。
由美も忌引き休暇中に妹を手伝ってくれた。
弟はというと、忌引きと有給で1週間の休暇を取って家族でホテル住まい。
テーマパークを楽しんで帰って行った。
1週間も休むなら、実家の片付けや母の今後のこと等、いくらでもやることはあったのに。
比べても仕方のないことだが1日有給休暇を取っただけで、仕事が山のように溜まってしまう麻子には妬ましくてため息が漏れてしまう。
明日は小山様のご自宅でサービス担当者会議だ。
小山様は娘様、3人のお孫様と団地の1室に住んでいらっしゃった、年齢の割りには大柄な女性だ。
半年前にご自宅でつまづいて大腿骨を骨折し入院された。
その後、介護老人保健施設(リハビリをする入所施設。通称「老健」)で歩行リハビリをされていたが、今以上の回復は見込めないからと退所を迫られていた。
小山様を担当するケアマネジャーからは「自力歩行をできる状況ではなくリハビリ病院に移るからデイはやめます。お世話になりました」と連絡をもらっていた。
それが何故か娘様から「母を引き取るから、デイを続けたいと連絡があった」というのだ。
小山様の娘様は独特の考え方をお持ちで、以前から度々デイに細かなクレームを仰っていた。
ショートカットの女性職員に「男みたい」、ブルーライトカットの眼鏡をかけている職員に「介護職員がサングラスだなんて」、「無愛想な職員が居る」等々。
そんなことより連絡ノートを読んでほしいし、提出物は期限迄に出してもらいたいし、入浴後に塗る保湿剤を持って来てほしいし、前回使った濡れたタオルはカバンに入れっぱなしにしないでほしい。
大きな声では言えないが、正直なところケアマネから「デイをやめる」と聞いたときには、職員同士で喜び合ったのだ。
それが、歩けないのにあの団地に帰る?
以前に伺ったときには、足の踏み場もなかったのに?
「前田さん、何とか小山さんの娘さんが無理だと思うように上手く言って来て」と職員からは頼まれたが、介護保険では断ってはいけないことになっているのだ。
小山様ご自身はとても素敵な方なのになぁと憂鬱なため息が漏れてしまった。
(2,516文字)
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