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読書記録65『調査する人生』

岸政彦『調査する人生』
(岩波書店 2024年)


大学で歴史学をかじった。とてもとても研究などを進めていた自覚や実際に内容もなかったと思う。本当にきっちり勉強している大学生に申し訳ない。先生や教授がやっている研究を見よう見まねでついていく。そもそも、歴史よりも音楽(バンド活動、サークル)が楽しくなってしまった。

「歴史っておもしろい」から入って、教職を目指し、歴史の「専門分野」なども考えずに飛び込んだ大学の学びは自由すぎた。自分自身で考えることを苦手としていた。今振り返ると高校生活は窮屈のように見えて、丁寧で効率がよくやさしい。大学生活は「やる」「やらない」も自分で決めることができる少しの厳しさがある。

人の言うことを聞かないくせに、「1年生は満遍なく教養科目をとるように」と言われれば素直に文系なのにDNAの構造の授業もとった。(授業名まで覚えている「生命科学のセントラルドグマ」)建築の授業もとった。(ルコルビジェ、フランクロイドライト…好きすぎて芸術に進みそうになった)かなり単位をとることに苦労した笑2年になるとさらに自分自身で専攻を決めて、ゼミも日本史コースに。そこで古代史と近現代史の2択に迫られ古代史を選択(華々しい=メジャー??な戦国時代や幕末に別れをつげる)。諸先輩の古代しか読まなくていい雰囲気に従い、読む本も「古代」だけとなった。次第に史実や文献、論文を重視する歴史観が備わり、楽しくみることができていた歴史物のTV番組や大河ドラマが見られなくなった。歴史はかんたんに楽しいと思えなくなった。

今は打って変わって他分野(歴史学以外)からの学びや、人と話をする(これは歳上、歳下関係なく)ことに日々驚かされ新しい発見がありたのしい。人と関わる仕事をしているので、きれいごとではないが「おしゃべり」が楽しい。雑談がとまらない。(歴史学をベースに他分野を知り、自身の考えをまとめる深めることは良かったと思う。自身のベースが歴史学ってのはそんなに悪くはない。)

「エスノグラフィ」という社会学の研究のアプローチについて知った。人にぐっと入り込む手法は、今自分自身が人と向き合うときに実践している(おおげさだな。実践なんて…、気をつけているくらいか)ことと重なる。いろんな分野の本を読むようになったが、最近手に取って読むものの内容は被っている。むしろ、大切なことは共通している。気になっているからそのような本を選んでいるのか、それとも単にそういう箇所に目が入ってしまうのか。

この本は、社会学を研究する人たちの研究手法を紹介したものではない。むしろ手法などは存在しないとも言える。調査の日々の記録や語り合いであり、調査をする人たち同士の答え合わせや讃えあいであり、叱咤し合うケツの叩き合いだ。本当に面白い。


※本文中の自分自身が気になったことを記す。
1、岸政彦×打越正行うちこしまさゆき
・打;主導権を取りにいくのではなく、主導権を取られた状態で負けずに、そして勝たない戦いを展開=この彼の戦い方に沖縄の歴史と構造が刻まれている。(p23)
・岸;権威に抵抗するよりマナーを守るが◯(=マナーが悪いほうが悪い)。ヘイトスピーチへのカウンターへの反感などのいろんなところに雰囲気がかわったことが感じられる。(p25)
・岸;地元を離れる人多い。高学歴、安定した仕事を持っている人の聞き取りが多い→はっきりとした地元が嫌いという感覚がなくとも生活実態として自然に離れていく。→打;分断の理由や背景を書くことで分断とは異なる社会に近づけるように考えている。(p29)
・打;他者理解が中立の立場でどこまでいけるか(p48)

2、岸政彦×齋藤直子さいとうなおこ
・岸;青木秀男先生「部落問題には日本のすべてがある」、地域社会やしがらみ、身分や家柄の話は学校教育だけでなく、社会学者でも大々的にしてこなかった。地域社会の良い部分は書いた。しかしつながりは抑圧や排除とも結びついている(p56-57)
・齋;谷先生から学んだ=マイノリティだけでなく、マジョリティの話も聞かないといけないという感覚(p61)
・齋;体験だけでなくどう思ったまでを聞いたほうがよい。今までやってきた調査の経験(=生活史調査)の中から、質問項目のストックができる。(p68-73)
・岸;当事者しかわからへんと言われたらその通り。開き直り「わからないことの他者生をどうのこうの=哲学」になるより、自分になにができるのかを愚直に素直に考える(p83)
・岸;ライフストーリー論=実証主義(経験的事実に基づいて理論、仮説を検証。超越的なものの存在を否定しようとする立場)批判をした。昔ほどいわれないが「調査を疑う」=調査で得られるデータは人口の建築物。その場に造られたものにすぎないともいわれがち。90年代に社会学者を悩ませた。(p84)
・岸;「立場交換」できなくなる地点がある。社会の本質はどちらかというとつながってない。交換できない、ものすごい分断されているところにあるんじゃないか(p85)
・岸;比較なんて少なくとも簡単にできない。ケースの中の多様性を丁寧に書いたほうがいい。単純にケースとケースを比較すると、恣意的な並列になる。そもそも部落やってるなら在日もしろは失礼(p90)
・齋;部落の豊かな生活を言いすぎるとロマンを感じさせる。近代社会が失っているものをここにはもっているには違和感→岸;祝祭的(アジール)だなどもなんか違う。(p91)
・岸;外見上のロジックが似ているからといって同じだとするのは合理的ではない。前者の男性を避ける(=DV癖のある男との結婚について避けること)のは合理的でも、後者(=部落出身と結婚を避けること)を忌避することは不合理で理不尽でそれこそが差別。(p98)

3、岸政彦×丸山里美まるやまさとみ
・岸;調査する、支援するは矛盾しない。現場に入るとつながりができる。だいたいの社会学者は現場で具体的な活動に関わっている。それは自然にやること。社会学の本では、理解することを1番に描きたい(p121)
・岸;人間の複雑さに出会ったときに唸る。面白いって言っちゃう。funnyではなく、interestingほど知的ではない。しみじみする感じに唸る。質的調査は「一概に言えなくしていく」作業(124-125)
・岸;生活史って寂しくなる。結局別れの話。(p130)
・岸;断片的なディテールが好きな人だと誤解。「かけがえのないものに神がやどっているんですね」には興味もない。ロマン主義であり非常に凡庸なストーリーで興味がない。構造の中の孤独が好きで、全体の中の個別が好き(p130)
・岸;理由を聞くなではなくまとめるなということ。「あなたにとってスバリ路上とはなんですか?」などの質問には意味がない。(p134)
・岸;ぼくが言っている「理由」は、「原因」や「要因」ではなく状況のこと。(p141)

4、岸政彦×石岡丈昇いしおかとものり
・岸;石岡さんは貧困をなくすための処方箋を出すためというよりは、そこで住んでいる人たちを理解したいという意図で書いていますよね?(p163)
・石;貧しさは人と人との距離を近づけさせる。距離をとっていては生活が成立しない。(p164)
・石;することがある=大切。することがない=一見すると最高のようにみえるが、そんな日々が続くとつらい。貧困の問題は「することがない」問題ともつながっている。→することがあるだけでなくパターンがあることが大切。(p170)
・岸;質的な社会学の目的は「他者理解」。その中で一番大切なものが「ディテール」を書くこと。よいエスノグラフィーや生活史の社会学はディテールが書かれ、うまいモノグラフは説明や理論化も不要なくらいディテールの力で自らを語る(p174)
・岸;わかりやすくしないが大切。質的社会学がやっていることは仮説を増やすこと。一般的に仮説は減らすことだが、普遍的な法則を発見するのが目的ではなくひたすら例外をみつけ「一概に言えなくしていく」こと(p190)
・岸;他者というのは謎で理解でいない、分かり合えない。というベースには野蛮人のように相手を扱ってきた反省。価値観、文化歴史、宗教、他者性を尊重しましょうの結果が、「他者を理解していない」になってはいないか?→「他者の合理性」で表現したいのは合理性についてかなりの部分を共有しているのではないか。(共感はできないかもしれないが、わかるんじゃないか)

5、岸政彦×上間陽子うえまようこ
・上;(福祉施設、支援施設にはまじめな男とつきあう訓練、指導を行うという発想について)訓練なんてできない。人間をばかにするな。私がしているのは、しっかりと話をきくことと特別扱いをすること。めちゃくちゃ贔屓している。おとなみんなで愛でている感じ(p217)
・上;その人が知りたい。その人の理屈が知りたい。大人だからわからないし、軽んじてしまう。教えられる時はこっちがわかってない。だから謝罪ベースで接しているかも知れない。大人は嫌いだし、認められないと思っている。(p220)
・上;なぜこんなことを考えている?どんな生活の中にいる?→その人の地元を歩く。(p224)
・岸;他者の合理性=一見すると非合理的な行為(例、最悪な先生)もじっくり話を聞くととの人なりの理由がわかってきたりする(p225)

6、岸政彦×朴沙羅ぱくさら
・岸;聞きたいことを直接聞いちゃう質問→その場で考えた凡庸な借り物の言葉しかでてこない。そんな質問に何の意味があるのか(p248)
・岸;インタビューの繰り返しによってテーマ、対象への知識がついてくる。自分なりの理論もできあがり、質問したいこともでてくる(p250)
・岸;(朴さんは)エモい話への警戒心が強い。方法論的にものすごく潔癖になる(p252)
・朴;オーラルヒストリーは政治家が自分で書いた回顧録よりもずっと信頼できる。太郎丸博先生は「良質なエスノグラフィーは、実際当事者に会うよりも「真実」を伝える」(p265-266)
・岸;(朴さんは「知られていないことすら知られていない人々」ということばを使う)無関心は要するに分断が生み出すものであると。そもそも無関心かどうかすらわかっていない場合が多いので、生活史が問題に関心を持つ入り口であってほしい→朴;必ずしも無関心×ではない。対立と分断を煽るくらいなら無関心のほうがいい→岸;誠実な論文から切り取って、対立と分断を煽ろうとする人もいる。朴さんのように言い切ることはできませんが…(p279-280)

同僚に「あなたの誰とでもとうまくやっていく能力はどこからくるのか。すさまじい。ずっと永遠と(生徒や先生方と)しゃべっているよね」といわれたが自分自身にすぐれた能力があるとは自覚が1ミリもない。職場には、仲良くできない人がいない。ただただ楽しくおしゃべりとしている。おしゃべりに付き合ってもらっている。個々に魅力があって話をききたい。深く知れば知るほど、不安や心配事も仕事も面倒なことも増えるけれど一緒になにかたのしいことができないかなと常々考えているような気がする。「生活史をきく」「エスノグラフィ」という社会学に強く強く惹かれている。とても楽しい。

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