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モンスターとたたかう

生理前である。
毎月くるのに毎月びっくりするのは、わたしが忘れっぽいからなのだろうか。

はじめに

この下書きを書いたのが前回の生理前だから、これを出そうか出さまいか迷っているうちに1ヶ月が経ってしまったらしい。
その間に、ずっと読みかけだった本を読み終え、生理について語ること、すなわち女性の身体を生きるということについて、いま自分がなにを語れるだろう・語りたいのだろうと改めて考えてみたくなった。

中村佑子さんの『マザリング』に、こんな言葉がある。

女性の身体は、潜在的に、他者に開かれた作りをしている。他者を宿す子宮という場所は、たとえ実際に他者を受け入れなくても、月経という形で毎月準備を整える。女性たちは身体の中心にある器官が繰り広げる毎月の変容を、毎秒毎秒こうむりながら生きている。

中村佑子『マザリング 現代の母なる場所』、集英社、2020

これを読んだとき、まずはじめに、どうしてわたしの身体は他者に開かれてなきゃいけないんだ、と思った。かなしみとないまぜになった強い怒り。
次に、どうしようもなく絶望して、やっぱり、どうしてわたしの身体は他者に開かれているんだろう、と思った。
それから、そんな気持ちも、わたしの考えていることも、あるいは今まで抱えてきたことも、誰にも話してこなかったし、言葉にしてこなかったなということに気づいた。わたしは、まずはここから始めるべきなんじゃないか、と思った。

だから今日は、生理がおわると忘れてしまう気持ち、わたしの苦しみ、いつからか考えてきたことについて、書けることから書いてみようと思う。

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①わたしの身体に起きること

まず、生理前後にわたしの身体に起きること。
ひと口に生理とか女性の身体とか言っても、そこで起きていることは多様であるはずだから、(いまの)わたしの場合について、ちゃんと書いておこうと思う。

【生理前】

◆食欲の倍増
通常の2倍くらい食べます。泣きながらたべる。
お腹を満たしたいのではなく、口に詰めることと飲み込むことが大切なので、気持ち悪くても泣きながら食べます。吐くのが苦手なので、吐けずにすべて栄養になります。

◆めまい、貧血
朝起きて立ち上がると目の前が真っ暗になる日が、生理前がはじまる合図です。立ちくらみみたいなのがランダムに現れたり、目の前がぐるぐる回り出したりします。

◆情緒不安定
月によってあらわれる症状はさまざま。意味もなく悲しくなるとき、やたらイライラするとき、不安がとまらないとき、なにやら不快感を強く感じるときがあります。とにかく、気分がわるい、と言ったところ。

【生理中】

◆睡眠欲の爆発
電源がブチっと切れて、死んだように眠ります。元々よく寝るほうですが、生理中の眠気はまったく異常で、抗えない(強制シャットダウン)。
中高生のころから授業は真面目に受けるタイプだったけど、生理中だけはほんとうに自分の意志ではコントロールすることができず、たびたび意識を失っていました。

◆腹痛、頭痛、腰痛
これも月によってあらわれる症状はさまざまなんだけど、制服を着ていた中高生の頃は、冷えからか腹痛が特にひどく出ていた気がします。掃除中に床にうずくまって動けなくなり、車椅子で保健室に搬送されたことがありました。
保健室のベッドで湯たんぽを抱きしめて泣く日が毎月絶対にあったなあ。

◆おなかを壊す
生理前に便秘になることも多くて、その反動か生理が始まった途端におなかを壊し、トイレにこもる日が多くなります。おならとかもたくさん出ます。

◆出血
生理だから当たり前なんだけど、出血します。
ここ数年でやっと気がついたことだけど、わたしは経血が非常に多いタイプだったようで、夜用のナプキンでも1時間くらいで交換が必要なほどでした。
単純に休み時間のたびに血をみるのも全然うれしくないし、気持ちわるい状態で過ごすのも当然うれしくはない。


②ホルモンとのたたかい

数年前から低容量ピルを飲みはじめて、痛みや経血量に関してはわりと解消されていているんだけど、どうしても生理前の情緒不安定だけはなおらない(俗にいうPMS)。
だから次は、薬ではどうにもならないこの情緒不安定と、わたしがどういうふうに付き合っているか・ずっと付き合ってきたかについて書こうと思います。

生理前後に関わらず、わたしは心が強いタイプではないので、いつも自分の精神衛生(モンスター)と必死にたたかっています。

◆規則正しい(当社比)生活をすること
睡眠不足とかごはん不足(わたしの場合、文字通りごはん=米の食べる量が大切なようです)だとやっぱり心も身体もうまくいかないので、まずは適度に寝て適度に食べて適度に動いて、というリズムを整えるようにしています。
これをやると元気になる、というわけじゃないけど、これをやらないと元気じゃなくなるので、いつもできるだけ規則正しく生きようと思っています。

◆日記をつけること
毎日はむずかしいこともあるけど、できるだけ日記をつけるようにしています。朝起きてなにをしたとか、洗濯をまわせてえらかったとか、ごはんが美味しかったとか、そんなことをぽつぽつと書く日記。
わたしはよく、なにもしていない虚無感とか、なにもできていない無力感とか、そういうところから悲しみや絶望がやってきてしまうので、今日一日をなかったことにしないために日記を書きます。自分が今日もちゃんと生きていたってことを、自分で自分に証明するための時間。

◆自分の気持ちや問題についてよく考えること
生理前以外の情緒不安定にはいちばん効く方法。どうして落ち込んでいるのかとか、なにが不安なのかとか、全部書き出して整理して一つ一つ解決していくのがわたしなりの解決策で、普段はこれでかなり落ち着きを取り戻すことができます(つまり、生理前のモンスターに対してはこの攻撃は無力)。

◆やるべきことをきちんとやること
最近(ここ半年くらい)の変化は、掃除とか洗濯とか皿洗いとかを、自分を労わるためにあしたにしちゃお!と後回しにすることはセルフネグレクトだ、と考えることになったこと。
気持ちが疲れているときに(身体が疲れているときは全部諦めて寝るので当てはまらない)やるべきことを後回しにすると、結局自分を傷つけてしまうしケアすることができなくなってしまうと気づきました。それ以降は、やるべきことをやることが自分で自分をケアすること=セルフケアだ、と考えるようになり、実際のところ結構うまくいっているような気がします。


③最近考えていること

そんなことを言いつつも、結局のところ生理を前にするとすべてがむだになってしまうので、ほんとうにホルモンってすごいと思う。まさにモンスター。
そんなモンスターと付き合うなかで、どうしても考えてしまうこと・考えざるを得ないことについて、ここに書いてみようと思う。

◆わたしの本体はホルモンなのか
わたしの中に飼い慣らせない獣が住んでて、その子が号泣したり怒ったりするので、わたしはわたわたしてしまう。わたしの中での情緒不安定はそんな感じで受け止められています。
でもそしたら、わたしの本体はもはやホルモンなのか?いや、そもそもホルモンがわたしなのか?よくわからなくて混乱してくる。とにかく、わたしが身体を動かしてるんじゃないんだなあ、と思う。
こういうときに、コントロールできない部分を「本当のわたしではない」と切り捨ててしまうのは簡単だけど、それもまたわたしだと、受け入れていきたいと思う気持ちもある。うまくいかないときとか、好きじゃない自分とか、そういうものもぜんぶ含めて自分なんだってことを引き受けられる人になりたい。いまはまだ気持ちだけで、器は圧倒的に足りないけど。

ホルモンに支配されるわたしもわたしなのだろうか。わたしとは、一体なんなのだろうか。汝自身を知れ、と突きつけるソクラテスも、我思うゆえに我あり、と断言するデカルトも、かっこいいなと思う。わたしは「我思うゆえに我あれよ」とつぶやいて寝るだけだ。

永井玲衣『水中の哲学者たち』、晶文社、2021

ほんとうにそう。我思うゆえに我あれよ。

◆女性の身体はほんとうに「つねに他者性に開かれている」のか
冒頭に引用した中村さんの言葉。女性の身体(=子宮)はつね他者性に開かれている、って、すごい考え方だなあ、と思う。
ほんとうにそうなのかもしれない。でも、どうしても、なぜわたしがそうでなければならないのだろう、と思ってしまう。
わたしは望んで女性に生まれてきたわけでもないし、望んで他者性に開かれているわけでもない。どちらかというと子どもを生みたくないし、他者に開かれなくていい身体を持ちたかった、と思う気持ちもある。
なぜ男性の身体は他者性に開かれていないのだろう。ほんとうに、女性だけが他者性に開かれているのだろうか。無性にくやしい気持ちになる。

◆生理について話すとはどういうことか
生理休暇のことや生理用品のことを発端に、社会において生理というものがすこしずつ語られるようになってきたと思う。そんななかで、生理について話すとはどういうことなんだろうとか、それってほんとうに可能なんだろうか、と思ったりする。
わたしたちは他人の身体感覚について(ほんとうの意味で)知ることはできないし、男性には生理はこないし、女性同士でも生理の経験は全く異なっている。こんなにバラバラなわたしたちが、生理という一つのことについて語ることはできるんだろうか、と思う。できるのだとしたら、どのようにして?
そして、わたしが今日これを書くことに、どんな意味があるのか、あるいはないのか。生理について話すとは、一体、どういうことなんだろう、と思う。

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おわりに

今回のカバー画像は我が家の玄関にいる初潮ちゃんと童貞くんです。生理ちゃんのガチャガチャをしたんだけど、肝心の生理ちゃんが出なかったのでこうなった。

生理前後でわたしの感じ方とか考え方が大きく変わってしまうから、あしたの自分にとってはこれは大切なことじゃなくなるのかもしれない、という不安と悲しみが常にあります。
いまもまだこのnoteを出すべきなのか悩んでいるし、出せるかもわからない(これを誰かが読んでいるということは出せているということだと思うけど)。
でもやっぱり、自分自身にすらないがしろにされてきた・してきてしまった部分について、少しずつでも向き合っていきたいと思うし、そうすることにきっと意味があると信じている。

読んでくれた誰かが、これまで語られてこなかったことについて語ろうとする、言葉を手に入れる旅をはじめられることを願っています。


読書案内

今回のnoteに出てきた本たち。どれもおすすめなので、気になったものがあればぜひ読んでください。

まえに恋人と生理の話をしたときのポッドキャストも載せておきます↓


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