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エッセイ #9|ファスティング②

 前回の記事で、嵐の松潤に影響されてファスティングに興味を持ったことを書いたが、今回はその実践編である。


 色々やり方はあるのかもしれないが、自分で決めたファスティング時のルールはとてもシンプルで、固形のものは摂取しない、ただそれだけだ(ただし酵素のサプリは除く)。なので、水に加えて、野菜ジュース、甘酒、具なし味噌汁などは良しとした。

 期間は3日間にした。なぜなら松潤が3日間でやってたからだ。それ以外に理由などいらぬのだ。「day1!」「day2!」「day3!」…。言いたい。松潤みたいに、言いたい。

 さあ、今日から、はじまるぞ…。

 さて、ファスティングをしたことのない人はぜひ想像してほしいのだが、これから3日間、自分が何も食べずに過ごすとして、どう思うだろうか?

 僕はソワソワした。なんだかわくわくしたし、興奮した。うわ〜、どうなっちゃうんだろおっ、と思った。だって何も食べないのだもの。20年以上、ずっと何かしら食べ続けてきた体が、"3日食べてない体"になるのだもの。入学式の前や、ゲームのカセットを買う前や、ウォータースライダーの列に並んだとき、次で自分の番になるときの感覚と同じものがある。未知なるものへの興奮。

 スタートしてからはとにかく水だ。たくさん水を飲む。そしてちょっと味が欲しくなったら、野菜ジュース、甘酒、具なし味噌汁。

 うんうん、いいねいいね。飲み物だけだけど、ファミレスのドリンクバーに匹敵するバリエーションだし、これなら別に食べなくたって平気平気。

 食べるという行為が0なので時間はたっぷりあるのだが、当時はコロナ初期真っ只中だったため、あまり外には出れなくて、そうなると自ずとテレビや配信動画を見て時間を潰してゆく。

 これが恐怖の始まりだったのだが、テレビをつけたら、なんとだいたいの番組で必ず1回は食べ物のシーンがある。これは盲点だった(千鳥の番組などをよく見ていたのだけど、ロケシーンが多いから特に)。

 おっとまずいまずい。うかつにテレビなんて見れないぞ。そう思ってスマホに手を走らせた。なんのけなしにSNSを開いてみる。


 「今夜のおうちごはん!」


 手作り料理投稿の嵐である。

 世は"大外出自粛時代"。みんなすることがないのだ。することがないので、これ見よがしに家で料理をする。じゅるっとヨダレが出そうだったのでここで甘酒を少々。SNSもダメか…。

 暇は空腹の天敵。時間が経つのが遅い。そう思ってテレビやSNSを見るも、食の誘惑が多すぎる。八方塞がり。四面楚歌。自粛期間とファスティングは、すこぶる相性が悪かった。松潤も黙って指をくわえてテレビを見ていたのだろうか。気を取り直して野菜ジュース飲んだ。

「えっ…。」

 思わず声が出た。

 なぜだろう。これはミートソースの味だ。ミートソース味がゆるがない。明らかなミート。これは本当にびっくりしたのだが、空腹が続くと味覚が研ぎ澄まされてゆき、食べ物を連想してしまうようだった。野菜ジュース = ミートソースという謎の方程式を生み出してしまう自分が恐ろしい。

 テレビやSNS、不意にやってくるミートソース。いろんなものに誘惑されながらも、なんとか1日目、2日目と耐え、ついに3日目、「day3!」がやってきた。

 そしてこの日、とんでもないことが明らかになった。



 そう。




 屁が出る。


 とにかく、屁が出るのだ。


 とにかくたくさん、無臭の屁が出る。


 そして、屁は無臭だが、息が臭い。



 僕が、何をしたというのだろうか。なぜこんな仕打ちを受けないといけないのだろうか。食べ物を2日我慢して水分だけ摂取した男は、たくさんの屁が出るようになり、おまけに息が臭くなってしまったのである。


 座るときにプッ。


 歩き出すときにプッ。


 ベランダに出てプッ。


 軽快なリズムで七色の屁を奏でいく。悲しいオーケストラのはじまりだ。

 他にも、尿が濃かったりと体の変化があったが、息が臭いとか尿が濃いとかは、曰く体から毒素が出ている証拠なのだという。デトックス的なやつである。

 めっちゃ屁出るやん…と思ったときにはもう既に次の屁が出ている。屁が僕の意識を追い抜いていた。早撃ちガンマン。屁の乱れ打ちだ。

 屁の進撃は止まらなかったが、もう少しでこのファスティング期間も終わる。

 ふー、と一息つく。そして味噌を溶かしたお湯を飲み、澄ました顔で屁をこいた。

 ファスティングが終わったら何を食べようかな、と思う。そして思うより先に、その答えは出ていた。食べ物を我慢している間、もう絶対にこれが食べたいと思い続けたものがあったのだ。

 それは、パンである。

 どうしても、パンが食べたいのだ。体が糖分を欲しているからだろうと思うし、何より"はむっ"と一口でたくさん頬張れるからだ。ファスティングが終わったら甘くて柔らかいパンをはむっと頬張り、ゆっくりと咀嚼したい。食べ物を3日間我慢した人間は、パンが食べたくなるのだなという発見がおもしろかった。

 そんなこんなでなんとか3日間耐え切った。

 その時がきたときは思わず「うおーっ!」と声が出たし、とても達成感があった。体はというと特に異常もなく、無事完遂できたのだった。終わった後は家のすぐ側のコンビニに向かった。コンビニで食品を揚げている音が「おつかれさま」と言っているように聞こえる。ふいに目に入ったアメリカンドッグが艶かしい目で僕を誘ってきたが、真っ先にパンのコーナーに向かった。

 柔らかくて丸いパンを買って家に帰った。

 「うめーーーっ!」

 こんなにおいしい食事があっただろうか。我慢の末に得たご褒美は何にも変え難いものがある。

 パンを食べてからは、“まごわやさしい"を意識した消化にいいものを食べて通常の食事に戻していった。


 こうして、僕の3日間(72時間)のファスティング生活は終わりを迎えた。

 わかったことはとにかく、"ファスティングをすると屁が出る"ということだ。松潤もたくさん屁をこいていたのだろうか(松潤ファンの皆さんごめんなさい)。


「カラダ中に風を集めて、巻き起こせ!」


 改めて聴くと、良い歌詞だ。


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