『シャーロック・ホームズの凱旋』を読んだ

『シャーロック・ホームズの凱旋』を読んだ。感想を書いていこうと思う。ネタバレがあるので未読の読者は避けてくれたまえ。
かなり面白い作品だった。久しぶりに時間を忘れて読むという体験をさせてくれた作品だった。というのも、森見登美彦の直近の作品『四畳半タイムマシンブルース』は過去の大学生ものの焼きまわしで正直言い回しや文章のキレが全然ないように思えた。自己模倣だけはしちゃならんな、とまあそんなことを思った。『熱帯』もわけわかんなくなって袋小路になっている。恐らく森見登美彦も何が何だか訳が分からなくなって半ば言い訳するみたいに脱稿させたのではないだろうか。さて、『シャーロック・ホームズの凱旋』、これはとても楽しく、非常に面白く読めた。本当もうごめんなさいという感じです。疑ってすみませんでした。読む前は森見、お前やれんのかぁ? くらいの温度感で読んでましたけど、本当すみません、面白かったです。やっぱりアンタの描く小説は面白い。足元にも及ばない。ありがとう。
この作品を読んでかなり衝撃を受けたのが、ミステリという構造を取っておきながら〈東の東の間〉を不思議なものとして、不思議なものとして扱っている点です。何を言っているのか分からんが、とにかくそこに衝撃を受けた。ホームズが推理したのは、現実的、物理的なトリックではなく、不思議なものを不思議なものとして受け入れた上でのシステムだった。俺はこういうシステムのようなものが非常に好きで、そこについて言及されるとは思ってもみなかった。〈東の東の間〉で眠っている人の夢が現れる、という非現実的な設定をシステムとして組み込んでいる。あくまでそれを一つの要素としてホームズは考えたわけだ。因みに、ファンタジーである作品なら(かなり見方が偏ったファンタジーという定義)、大体がこれをしている。俺が好きな奴です。たとえば、『君たちはどう生きるか』で魔法が使えないところとか、墓の前は云々みたいなところとか、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』で池に飛び込めば影が戻るところとか。俺はそういう世界観がもたらす訳の分からないシステムに惹かれている。そういったものについて、あくまでミステリという超現実的な観点から差し迫って最終的にそういうものだからという結論に落ちついたところが個人的にはかなり好みだった。不思議な物には説得力がない方が説得力がある。
森見登美彦作品に通ずることだが、やっぱりキャラクターが愛おしい。キャラクターの見せ方ってのがお上手なんだと思う。俺が書いてもこうはならない。そこに存在する唯一無二のキャラクターが、なんやかんやと言っているのが愛おしいのだ。読者に媚びへつらっているわけではない、ただその生き方とか考え方のようなものが自然と人を惹きつけるのだと思う。これは正直狙ってやるにはかなり難しいことなんじゃないかと思うので森見氏の懐に眠る暖かい気持ちのようなものがキャラクターにそれらを与えているのだろうと思う。
現実はどちらだったのか? という問いが途中で生まれるが、それはヴィクトリア女王が回答している通り〈東の東の間〉と通じているロンドンの方なのだと思う。ヴィクトリア朝京都はあくまで空想の産物でしかない。が、空想の産物が虚構であるということも確かではない。現実との相違点は沢山あるが、一番大きいことはメアリの生死だと思っている。最終的に物語が選んだのはメアリが生きている世界だ。たとえ、出発点が現実だったとしても、それ以降全てが現実である必要はない。信じたことが全てなのだというフィクションの力強さみたいなものを感じられてとても良かった。どちらが現実かなんて、関係ないんじゃないかと思う。その狭間で信じるべきことを信じられる素質みたいなものが大事なんじゃないかと思った。
『シャーロック・ホームズの凱旋』、森見氏は結構この作品の出来栄えに満足している節があるんじゃないだろうか。いや、もっと面白くできる、もっと面白い作品を描きたいと思っていてほしいがそれはまた別の話として、この作品は彼が描きたいことが大分詰め込まれているような気がする。というのも、大学生系のようなのらりくらりとした極主観的な詭弁的日常、『きつねのはなし』とか『夜行』のようなフッと息を吐いた瞬間に自分が立っている足元も信用なくなるほどの得体の知れない不安のような恐怖、『有頂天家族』『ペンギンハイウェイ』のような謎と心が暖まるような人間模様(『聖なる怠け者の冒険』もこれに近いかもしれない)、そして『熱帯』のようなメタ的観点からの話の構造。『夜行』のラストに近いような感じもある。筒井康隆みたいなことやってんなと思った。まあ、そんなこんなで自分が描きたいことを大分詰め込んだ上に(竹林とか……)探偵ものという新しいことに挑戦している。新しいものへの挑戦は、大事だ。起こしは大分古い作品とは言え、まだ森見登美彦がこの姿勢を持っていることにも、大変安堵した。
とても良い作品でした。俺が言いたいこと、書きたいことをうまく言葉に出来ているか分からない。感想を書くのは改めて大事だと思った。修練するべし。
いつも雑に〆ている。では・・・・・・。

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