ADHD VS スズメバチ
少し前の話だが、9月の初旬に、妻とお出掛けのために電車に乗った日のことである。
その日は夏もそろそろ終わりの時期に差し掛かっており、だいぶ過ごしやすい温度だったが、残暑が残る天気だった。
私たちは確かADHDの検査を受ける為に電車に乗っていた。妻は私が検査をしている間、病院近くのカフェで過ごしてもらう予定だった。
そんな日の電車での出来事だ。
電車に乗り、数駅進んだ、とある駅で、電車の扉が閉まる直前、何か大きな飛行する生物が電車の中に入ってきた。
それは鈍い羽音を立て、不規則な昆虫独特の動きをしながら車内を飛び回っていた。
そう、スズメバチが急行電車にご乗車なさったのである。
しかしどういう訳か、車内の人達の大半は素知らぬ顔をしていた。特に座っていた人達はほぼ「我関せず」という顔を決めていた。
車内は比較的混んでおり、座り席が満席で、立っている人が10人ほどいたと思う。
スズメバチはその立っている人の頭上を飛び回っていた。
そんな車内で焦っていたのが私達を含めた、立って乗車していた人達だ。
スズメバチが近くに飛んでくると、わわわっとなってしゃがむ、という事態だった。
そんな中、スズメバチは優先席頭上の網棚に止まった。網棚の下には3人の乗客が座っており、そのうちの真ん中の人は本当に優先席に座るべき人なのか?という位の若者だった。
そしてスズメバチはまるで狙いを定めたかのように、優先席の真ん中に座る若者めがけて飛んだ。
そしてスズメバチは、若者の髪の毛に止まった。
若者はその途端、暴れ牛のように髪の毛をめちゃくそに手で払い、スズメバチの飛来を全身で拒絶した。
身の毛もよだつ、スズメバチの襲撃。
恐らく若者への、優先席にあるまじき着座行為に対する天誅が下ったのだ。
健常者(多分)が優先席に座っても、はたから見たらどこか悪い人なのかもしれないと、気を遣ってしまうところだが、そんなことはスズメバチにはお見通しだ。
ADHDの私ならともかく、健常者(多分)が座っては本当に優先されるべき人が座れない。スズメバチはそんな人間界の崩れた秩序を正しにやってこられたに違いない。
しかし、スズメバチの襲撃にも関わらず、真ん中の若者は鎮座を継続した。なんというメンタルだ。スズメバチの天啓を無視するとは。
そしてスズメバチの姿が消えた。
どこだ?若者に払われたスズメバチの姿がない。
車内に戦慄が走る。
見える恐怖より、見えない恐怖。
確かエイリアンの映画にも似たようなホラーサスペンスシーンがあったが、この車内はリアルのホラーだ。
私は姿の見えない、来たるべきスズメバチの再来に備え、車外へ追い出す道を作っておこうと思い、面前にある上だけ開く窓を開けようとしたその時!!
片側にだけ背負っていたリュックが窓を開けようとした私の肩をするりと滑り落ち、目の前に座っている女性の顔面に、リュックをぶち込んでしまった。
私の注意欠陥と、スズメバチの再来というパニック状態が生んだ悲劇。
しかも私のリュックには本やら何やら色々入っているため、見た目よりも重かった。
まるで除夜の鐘を鳴らす棒のように、いい感じでスイングが付いてしまい、かなりの衝撃だったと思われる。
私はすぐ「すいません!!!!!」と声を掛けたが女性は目も合わせてくれなかった。
完全に怒らせてしまっただろう。私は数々の不注意や失念により人を怒らせてしまった経験があるのでわかる。この人は今怒っている。
どうしよう、スズメバチがいるだけでも恐怖なのに、人に危害を加えてしまうなんて、これ以上のメンタル注意報はなかなかないだろう。
そしてそんな中、ふとあたりを見回すと、乗客の目が私に向かっている。何故だ?ひょっとして私がこの女性に除夜の鐘アタックをしてしまった事を非難しているのか?
みんなして、そんな目で見て、酷くない?
そう思っていたが、とある一人の乗客が私の背中を指差し、「背中に付いてる、、、」とつぶやいた。
私の背中に
スズメバチがお止まりになられているらしい。
私から後ずさりする乗客達。
いったい何故?
なぜスズメバチは私をお選びになられたのだ?
私は罪深いのか?私もあの優先席の若者と同じく、罪深いか?
それとも私があの若者の事を心で悪く言ってたからか?
それとも除夜の鐘か?それがいけなかったのか?
ああ、わかった、そういうことか、
私がADHDだからだ。
私がADHDだから、スズメバチは私を社会から排除しようとしてるんだ。
なんで生きづらい世の中なんだろう。私達ADHDは、ただADHDとして生まれただけなのに、、、
私達は自然界からも迫害されるなんて、あんまりだ。
そんな事に悲しんでいるつかの間、乗客の中に大学生位の外国人の若者が、私の背中に駆け寄り、手でスズメバチを払ってくれた。
そしてその後、外国人の若者は電車の地面に止まったスズメバチを踏み潰して殺した。
車内が密やかに湧き上がり、車内に平穏が戻った。
勇者誕生の瞬間だった。
スズメバチを踏み殺せし若者、そして伝説へ
しかしこの日本では、勇者の戦いに賞賛を贈る人はいなく、ただ静かに何事もなかったのような日常の車内が始まった。
私は妻に怖かっただの、外国人の彼は勇者だの言ってはいたが、勇者にありがとうも言わなかった。
何て日本は人見知りなんだろう。そして私もなんて恩知らずなんだろう。
そりゃスズメバチに襲われるよ、文字通り、天誅だよ。
こりゃADHD関係ないよ、私の性格だよ。
スズメバチはADHDを襲ったのではなく、醜い心を持った私に天誅を下そうとしたに違いない。
私は悔いた。もし、同じように虫の攻撃からお守り下さった方に会ったら、必ずお礼を言おうと誓った。
後悔は先に立たないが、天誅は後悔の先に立つようだ。皆様もご注意下さい。
あの時私をスズメバチから守ってくれた若き外国人の勇者様。この場を借りてお礼申し上げます。その節は本当にありがとうございましたm(_ _)m
そして最後に、除夜の鐘の女性は、私が開けた窓を閉じた際、にこやかに会釈をくださった。全然怒ってなかった。
私の相手が怒ってるセンサーは全く使い物にならなかった。
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