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バレエ感想「ベジャール版くるみ割り人形」東京バレエ団
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東京バレエ団によるベジャール版「くるみ割り人形」を見に行きました。
10年以上前にベジャール・バレエ団による同作品の映像を見てからというものこの作品の大ファンで、どうしても良い席で見たいと思いから先行会員になり、発売時刻にサイトにアクセスしました✨
映像でM役として出演していたジル・ロマンに加え、猫のフェリックス役にはスーパースターのダニール・シムキンが出演予定でしたが、シムキンは怪我で降板という残念な結果になりました。
ちなみに代役は東京バレエ団プリンシパルの宮川新大さんで、予想はしていましたが外国人ゲスト降板の際に内部のダンサーを当てるのはアレッサンドラ・フェリの降板と同じパターンで、もはや東京バレエ団のお家芸だなと。もし万が一4月公演にゲスト出演の永久メイさんが降板になった場合、同じ対応を取ったら次こそ暴動が起きるでしょう。
ベジャール・バレエ団による映像版について
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10年以上前にベジャール・バレエ団の「くるみ割り人形」を初めて見た際は、映像越しながらもなぜかドキドキした記憶があります。
ベジャールのくるみ割り人形はベジャールの母とバレエへの憧れが描かれている作品です。母への愛というのは人間が持つ愛の中でも特に力強いものであり、全てに通ずる愛情でしょう。映像を見てベジャールがそれを舞台で観客に伝えようとしていることは理解しつつも、人の愛情というものは私にとってある意味秘め事でもあり、ベジャールの頭の中を覗いてしまったようないけないことをしている気分になったものです。ですが同時にその独特の背徳感が魅力でもあると感じました。
本家の映像はM役を演じたジル・ロマン、母役のエリザベット・ロス、グランパドドゥのクリスティーヌ・ブラン、そして猫のフェリックス役の小林十市さんなどベジャール・バレエ団の黄金期のダンサー達が出演しています。各自の役への解釈が秀逸で、昔の映像ながらベジャールの伝えたい母やバレエへの愛情が強く伝わってきて感動したものです。
特に母役のエリザベット・ロスは見事で息子を包み込むような母親の愛情と暖かさが画面越しから伝わってきて涙したものです。ジル・ロマンやクリスティーヌ・ブランなどの出演者も存在感があり、どこか魅力的だけど近寄りがたい美しい色気もありました。
人の愛情を覗き見してしまったかのような背徳感と、パリのエッセンスと色香が詰まったセクシーなくるみ割り人形にドキドキしたのが懐かしいです。ベジャールは母という存在を通して女性を崇高なものとして扱ってるんだろうなと感じました。彼が描く女性像は魅力的な色香がありながらも気高く、美しいのです。妙な背徳感と、ダンサー達の色香と神秘的な様子がとても魅力的な作品で、ベジャールの作品の中でも1番好きな作品です。
東京バレエ団によるベジャール版「くるみ割り人形」感想
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さて、10年以上前にベジャール・バレエ団(BBL)による映像版を見たとき、ダンサー達の色気にドキドキしたのことは既に記載しました。ですが東京バレエ団とBBLは違う団体です。正直日本人にBBLのようなフランス的な色気を出すのは無理だと思い、東京バレエ団に妖艶さや色気は全く期待せず技術力の高さを堪能する気満々でした。
そして予想通り、東京バレエ団のダンサー達は100点の技術を見せてくれました。東京バレエ団は実力者揃いなので、予想通り皆が完璧な技術を見せてくれたというのが感想です。BBLのパリの色香が漂うくるみに思いを馳せつつも、想像の範疇の東京バレエ団の舞台は技術力があるため決して悪いものではありませんでした。
例えばダニール・シムキンの代役としてフェリックスを踊った宮川新大さんについても、減点法でいうなら減点箇所は1点も無い、優れた技術力の持ち主だということはよく分かりました。グランパドドゥの秋山瑛さんや生方隆之介さんら、他の出演者も振付を完璧に覚え、全体的に1つもミスの無い日本人的な真面目さが際立った舞台でした。
東京バレエ団の舞台について言うならば、まるで軍隊のように1ミリも隙がない、優等生がマークシートで100点満点を取ったかのような、減点箇所は1つも無いという印象でした。今彼らにできるベストの舞台を見せてくれたのは事実でしょう。批判箇所は1点もありません。
パリの色香や、見ているこちらがこそばゆくなるようなベジャールの愛情については、東京バレエ団のダンサーは予想通り全く表現できていませんでしたが、国が違うので仕方がないでしょう。特に色気については最初から全く期待していなかったので想像の範囲内です。文句はありません。
ですが1人だけ、私の想像を遥かに超える素晴らしい踊りを見せてくれたダンサーがいました。東京バレエ団ならではの完璧な技術力だけでなく、本家ベジャール・バレエ団の映像にも引けを取らない色気と存在感を表現できるダンサーが1人だけいたのです!
印象的だったダンサー4名
Such an elegant video of Nako Hiraki, Soloist of the Tokyo Ballet in the studio wearing her Freed of London Pointe Shoes😍
— Freed of London (@FreedofLondon) April 9, 2024
Nako trained at The Hamburg School of Ballet in 2013-2015. She went on to dance in the main company until 2021, before joining the Tokyo Ballet✨ pic.twitter.com/tpwZr0o4c2
東京バレエ団でソリストとして活躍される平木菜子(ひらき・なこ)さんというダンサーがいます。私はトゥシューズメーカーのFREEDが彼女の動画↑↑↑を投稿したことがきっかけで彼女を知ったのですが、清楚な雰囲気と軌道が見えるかのような美しいポールドブラが印象的で、オデットを踊ったら絶品だろうなと思った記憶があります。
話を戻しますが機械のように精緻ではあるが、BBLのような色香を表現できるダンサーは東京バレエ団にはいないと思っていました。
しかし実際に舞台を見たら1人だけおり、それが死神役(花のワルツ)を踊った平木菜子さんです。東京バレエ団ならではの精緻な技術力に加え、パリのエッセンスのようなヨーロッパならではの独特の色気、そしてステージを我がものとして自在に操る強烈な存在感を見せてくれました。他のダンサー達は予想通り技術的に完璧な舞台を見せてくれましたが、平木さんの踊りはBBLダンサー達のような妖艶さもあって私の予想と希望を遥かに超える素晴らしいものであり、彼女の踊りを見て驚愕しました。
平木さんについては今までの映像を見て少女のような清純なイメージを持っていたので、今回の死神(花のワルツ)では今までとはガラリと変わった力強い神秘的な様子にドキドキしました。ベジャール版くるみは床が拡張されていて通常より広く、ちまちま見えるダンサーがほとんどだった中、彼女はその広さを十分に生かして表現をし楽しむかのように空間を操っていたことが印象的でした。
アラビアの踊りの際はセンターで踊っているダンサーの周りを平木さんがずっと歩いているのですが、その際もゆっくりとした動きを一瞬たりとも止めない上に、力強い視線で存在感を出していました。平木さんの存在は周りと一線を画すものであり、素晴らしかったです。
東京バレエ団にBBLダンサーのような色香を全く期待していなかったのは事実ですが、やはり私はベジャール版くるみ割り人形の1番の魅力はあのドキドキするような色香と愛情だと思っています。色気は無くとも機械のように完璧な東京バレエ団の舞台は予想の範疇であり批判点は一つもありませんが、やはりどこか映像版を見たときのようなトキメキを求めていました。
今回まさかの平木さんがあの色香を見せてくれて心から感動しましたし、おかげさまで大満足の舞台でした。残念ながら彼女の花のワルツは初日だけだったようで、彼女さえ見れればこれ以上は見なくて良いでしょう。柔らかくて美しい彼女には母役がピッタリだと思いますが、男装の麗人でもある死神役はこれ以上ない適役でもありました。
清楚さだけでなく、今回のように色香漂う神秘的な面も表現できる平木さんが今後どのように進化していくのか、とても楽しみです。
東京バレエ団ソリスト平木菜子さんは、ハンブルクバレエ学校を卒業後ハンブルクバレエ団を経て東バに入団されました。ジョン・ノイマイヤー振付「ベートヴェン・プロジェクト」より。
— バレエファンの会社員🇯🇵Tokyo Ballet Fan (@TokyoBalletFan) February 8, 2025
Nako Hiraki, a soloist with The Tokyo Ballet, formerly danced at the Hamburg Ballet.https://t.co/pbxWGBUO9M pic.twitter.com/FHuHDIEm4n
2人目は実は自分でも予想外の山田眞央さんで、現在はファースト・アーティストとして活躍されているダンサーです。
最初のレッスンシーンで、なぜか「あ!あの赤シャツは山田さんだ!」と一発で分かり、その後もバヤデールのようにアラベスクで出てくる際もなぜかとても目に入ってきました。秀逸だったのが2幕の中国の踊りで、山田さんはビム役の池本祥真さんに自転車を奪われるのですが、怒っている姿が秀逸で面白かったです。
余談ですが、山田さんは「翔んで埼玉」や「パタリロ」原作者である魔夜峰央さんのご子息です。ご本人が公言しています。「翔んで埼玉」は漫画も読み、映画も見ましたがめちゃくちゃ面白くて、お腹が痛くなるくらい笑った記憶があります。ちなみに山田さんは神奈川県横浜市出身とのことで、埼玉じゃないんだとビックリ😂
今回の舞台を見て山田さんはコミカルな演技が得意なのかなと思いましたが、おそらく血筋でしょうか。コミカル部分を彼が突き詰めたらどんなダンサーになるのかなと思いました。
3人目はファースト・ソリストの伝田陽美さんです。私が見た回では妖精役とソ連の役だったのですが、秀逸でした。
妖精はにこやかで軽やかな上に、ベジャールらしい腰や体を振るような振付もあったのですが、伝田さんの動きは音楽と一体化していたことが印象的でした。妖精は男女合わせて4人いたのですが他の3人はあまりに冴えていなかったこともあり、伝田さんのお茶目さや突き抜けっぷりは特に際立っており、上手な方だなと思いました。
ソ連役についてナレーションで「ロシアのバレエは魅力を失っていない。ちょっと超人的で、すごいテクニックで、マジックだ」とあったのですが、ここで東京バレエ団で1番のテクニシャンである彼女を配役したのはよく考えられているなと思いました。なぜ東バで1番の技術力を持つ彼女を母やグランパドドゥに配役しなかったのか理解に苦しみますが、今回素敵な踊りを見せてくれたのは事実なので感謝です。
ちなみに伝田さんは二山治雄さんや東真帆さんと同じ長野の白鳥バレエ学園出身です。これだけ上手な人を輩出する白鳥バレエ学園凄すぎる…!昨年見た伝田さんのガムザッティは素晴らしかったですし、今後も彼女の素晴らしい踊りを見続けられますように。
最後はセカンド・ソリストの南江祐生さんです。
南江さんはどの舞台でも毎回目に入ってくるダンサーなのですが、今回の演目は重心を自在に操ることのできる彼の強みとはあまりマッチしていなかったようでいつもより存在感が薄いなと感じました。
しかし男性陣が全員でアラベスクをしながら出てくる時に、1人とても美しい余韻のあるアラベスクをしている人がおり、よく見たら南江さんでした。南江さんのアラベスクは胴体がしっかり正面を向きつつも、指先と爪先がそれぞれの方向に引っ張られているような美しいラインがあり、さすがワガノワで教育を受けた方だなと思いました。
ちなみに南江さんは1幕のレッスンシーンでは赤い長袖シャツで、アラベスクは山田眞央さんの手前にいらっしゃいます。ちなみにV字のフォーメーションで寝っ転がる際はビムの隣の右奥にいらっしゃるのですぐ分かるかと思います。
南江祐生さんは今私が1番注目しているダンサーの1人で、今後日本を代表するダンサーになると思っています。ザ・カブキの練習映像を見て、日本舞踊的な重心の使い方や、着物捌きが見えるような表現力に衝撃を受け、ついに日本バレエ界にこんな逸材が現れたかと驚愕しました。ワガノワ仕込みの美しさや品の良さがあることに加え、彼には日本舞踊的な動きと西洋のバレエを融合できるという強みがあり、今の日本でそれが可能なのは南江さんだけだと確信しています。
南江さんを知ってからまだ1年経っておらず、実際の舞台や映像で彼の底力に衝撃を受けながらも、まだ私自身は南江さんの素晴らしさを理解しきれていないなと感じます。南江祐生さんは間違いなく日本バレエ界だけでなく、世界的にも衝撃を与えることのできる逸材だと思っています。
南江さんや、今回色香の表現に衝撃を受けた平木さんは全てにおいてマスターピースとなりうる凄い才能を持ったダンサーでしょう。今後東京バレエ団がこの2人をどう育成していくか、彼らの才能を伸ばすためにどのような役をつけていくか、目が離せません。
終わりに
余談ですが、最近有名なバレエコンクールの参加者について「プロっぽい踊りをする人が増えた」とどなたかが言っていた記憶があり、それを聞いて「確かに…」と思った記憶があります。
理由としてはSNSや通信技術の発達で色々なプロの踊りを見れるようになり、高い評価をもらえそうな踊りを徹底的にコピーする人が多いからでしょう。
ローザンヌだったかYAGPか忘れたけど、近年のコンクールでは「プロっぽい踊りをする若者が増えた」と誰かが言っていた。
— バレエファンの会社員🇯🇵Tokyo Ballet Fan (@TokyoBalletFan) February 8, 2025
言われてみれば、相当プロの動画を見て表情や動きを研究して真似してるんだろうなと思う出場者が多い。全体的なレベルは上がってるけど、どこか二番煎じ感があってつまんない。
最近どんどん映像頼みの流れが加速していることは、元バーミンガム・ロイヤル・バレエ団ファースト・ソリストの山本康介さんがわざわざ著作に記載しているので、かなりそういう人は多いのかなと思います。
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「英国バレエの世界」山本康介著
残念ながらそれはコンクールに出場する若手だけでなく、プロの世界にも蔓延していると思います。プロであれば技術力があるのである程度観客を満足させることは可能ですが、何かをコピーしたり振り付けを覚えることに必死になってそれ以上のものを感じさせる余韻がない舞台は最近非常に多いです。
今回のベジャール版「くるみ割り人形」についても、東京バレエ団のダンサー達が必死に振り付けを覚え、完璧な技術による統制された舞台を見せてくれましたが、あくまでもそれ以上の余韻は感じられませんでした。怪我人も出て代役のダンサー達は特に大変そうではありましたが、踊ることに必死になっており彼ら自身が舞台を楽しんでいる様子は伺えず、観客としても必死さしか感じず残念でした。BBLの映像や与えられた振付という枠に、東京バレエ団ならではの個性や広がりを感じることは出来ず、あくまでも一生懸命踊って終わったなという印象でした。
だからこそ、振付をこなすだけでなく、独自の解釈や力強さを表現し切った平木菜子さんはとても感動的でした。彼女は観客から評価されるための踊りではなく、自己の個性をきちんと役柄に昇華させて、私が期待した以上の素晴らしい踊りを見せてくれました。
また今回はあまり目立ちませんでしたが、南江祐生さんも自分の強みや個性をクラシックバレエに昇華できる稀有なダンサーだと思います。南江さんは私が見た回ではコールドでしたので目立ちませんでしたが、それでも全員がアラベスクして出てくるシーンでの彼の美しさは群を抜いていました。
南江さんは結構筋肉質な方で、例えばザハーロワのようにラインの美しさを全面に出すというタイプでは無いと思います。しかし彼のアラベスクパンシェはポジションが非常に美しく、「とても綺麗なラインを持つダンサーがそこにいる」と観客に思わせてくれるものでした。クラシックバレエの美しさと日本的なムーブメントを両立出来る南江さんもまさしく自身の個性や解釈を役柄に投影できるダンサーでしょう。
振付をなぞるだけで精一杯のダンサーが非常に多い中、東京バレエ団には平木さんや南江さんのようにきちんと役柄に個性を反映して表現できるダンサーがいるというのは素晴らしいことだと思います。今後も彼らの素晴らしい踊りを心から楽しみにしています。