コスモス色の思い出
当たり前だが、両親にだって若い頃がある。それは、知りたいような、知りたくないような世界。
子供時代の愛読書『ゆか10歳 コスモス色にゆれる旅』。
あと1週間ほどで、夏休みが終わってしまう8月下旬。
これは、一人娘の高見ゆか(10歳)が、母親の高校の同窓会が開かれる三重県T市を、友人の木原美也と小山ちひろと共に旅する物語。
2泊3日の旅行を兼ね、友人たちと訪れた母親のふるさと。
旅行が決まってから、母親の変化に気づくゆか。
いつも家で見ている、にこやかでホワンとした姿と別人のようで、なんだかよそよそしい。
ずっと思い出に浸っている母親を見て、不安になり、さみしさを感じ、とまどう思春期前のゆか。それは、ゆかの知らない母親の一面。
旅先で、母親が同窓会に出席している間、10歳の仲良し3人組は、ゆかの母親の思い出がたくさん詰まった城下町を散策する。
母親の卒業した小学校を訪れたり、教会を見つけたり…そして途中、迷子になり、道案内をしてくれた男子との出会い。
最後に辿り着いた『お城あと公園』。そこで3人は、行き止まりで近づけない反対側の岸に、ピンクのコスモスの群れを見つける。
近づけずにがっかりしている3人を慰めるかのように、吹きすぎる微かな風。
宿泊先のホテルに戻ると、先に帰っていた母親から、同窓会で再会した昔のボーイフレンドと、皆で夕食に行く約束をしてきたことを告げられる。
ゆかがずっと抱えていたモヤモヤの正体。
1人で抱えきれなくなった胸の内を、友人2人に明かすゆか。
そして迎えた18:00。
バッチリとキメた母親を見て、ゆかと友人たちは、知らない女性を見るような気になる。
不安な気持ちでいる3人の前に現れた、ゆかの母親の高校時代のボーイフレンドとは…
その男性は、母親が言ってた通り、素敵な人だった。背が高くて、勉強が出来て、ピアノが上手くて、バスケット部でも大活躍していたという、高校時代、女子の憧れの的だったという母親の元彼。
レストランで、その男性と母親の様子をじっと伺い、いつもより女らしく見える母親に嫌悪感を抱くゆか。
そして、つっけんどんな娘にハラハラする母親。
張り詰めた雰囲気の母娘と、元彼の男性に囲まれ、緊張が解けない友人の美也とちひろ。
そこへ、びっくりするような『珍客』が現れ…
たっぷりと時間をかけたレストランでの夕食は終わる。
ホテルに戻ってきたゆかは、友人2人に来て貰い、母親に心の中のモヤモヤを吐き出し、問いかける。
昔のボーイフレンドのことが、父親より好きなのかと。
そして、元彼に会えて、ソワソワしてすごく嬉しそうで、レストランでもベタベタしている母親を見て、嫌な気持ちになったことなど。
ゆかの話を聞き終え、困り果てた様子の友人2人を見て、母親は3人に語り始める。
まずは、自分は今の夫(ゆかの父親)が一番好きであること。それが一番幸せであること。
それから、高校時代の話。
元彼は、当時、一番大事なボーイフレンドだったこと。秋になると、コスモスがいっぱい咲いているのがよく見える図書館で、一緒に勉強したり、たくさん話したこと。
大学が別々になっても、お休みのたびに帰って来て、会うのを楽しみにしていたこと。
けれどある年、その元彼が、同じ大学の女子と婚約していると聞き、ショックを受けたこと。
すっかり落ち込んでいた時に出会ったのが、今の夫であること。元彼とは違うタイプの夫に、今までのことすべてを打ち明けると、すごく気持ちが楽になり、それが今まで続いていること。
婚約したのも、コスモスがいっぱい咲いている湖のほとりだったこと。
知らなかった母親の過去の話に、優しく温かいものを感じる3人。
そして、久しぶりに元彼に会うと思って、めかしこんでしまったことは認めつつ…昔フラれてしまった人に『すごくキレイにして、今こんなに幸せで、可愛い娘もいるのよ。』って言ってやりたかったのかも知れないこと。
そして元彼の方は、ウワサ通り、学生時代に婚約した人と結婚したこと。
すべてを聞き終え、安心した3人。いつも通りの母親の姿を見て、心のわだかまりが消えたゆか。
翌朝、皆が寝静まっている中、ゆかは1人、昨日見たコスモスをもう一度見に行く。
それは、失恋のコスモス。せっかく見つけてもそばには行けない…。
自分も、母親と同じ気持ちになっているように感じるゆか。
母親の思い出のコスモス。ふるさとのコスモスの色を、しっかりと目に焼き付ける。
コスモスも、この町も忘れない。
そして、ゆかは走り出す。自分の未来にむけて…。
ママの思い出、半分こ。知らなかった親の過去。優しい町と、そこに詰まった息苦しいような思い出。
そして3人にとっての、恐らく初恋。
2泊3日の旅で、少し成長した3人。
今読み返してみると、当時は娘のゆかの視点からしか見えなかった物語が、母親の視点からも見えてくる。
母娘、両方の立場から見つめ直す母親の過去。
その中に垣間見る、母親の中の『女』の姿。
それは、知りたいような、知りたくないような、好奇心あふれる、甘酸っぱい世界。
そんな世界を、いっぱいのコスモスを添えて綴られた物語。