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生きる意味は、考え、正義を語り、公益に尽くす一事のみ【超訳】自省録29日目

・今日の超訳

人は訳も分からず生まれ、訳の分からぬまま死んでいく。人生とは無常であり、生死に特別な意味はない。しかし、人間は哲学できる。理性的であれる。意味のない人生を少しでもましなものにしたいのなら、ただ考え、ただ正義的であり、ただ人々のために尽くすことだ。

・引用原文(第12巻29章より)

「人生における救いとは、一つ一つのものを徹底的に見きわめ、それ自体がなんであるか、その素材はなにか、その原因はなにかを検討することにある。心の底から正しいことをなし、真実を語るにある。残るは一つの善事を他の善事に次々と繋いでいき、その間にいささかの間隙もないようにして人生を楽しむ以外になにがあろうか 。」岩波文庫 神谷美恵子訳 自省録より

・ちょこっと解説

・「善事を他の善事に次々と繋いでいき、その間にいささかの間隙もないようにして人生を楽しむ」とは、下記の自省録6巻7章の内容に詳しい。

「 ただ次の一時に楽しみとやすらいを見出せ。それはつねに神を思いつつ公益的な行為から公益的な行為へと移り行くことである。」岩波文庫 神谷美恵子訳 自省録より

・人間はなまじ考えることができる故、自分の人生について何の意味があるのかと考えてしまいがちである。だが、そもそも人生に意味などはない。全ては死ぬまでの暇つぶしである。

・小生の愛読書の一つ、村上春樹の「風の歌を聴け」に下記のような一節がある。

「いろんなことを考えながら50年生きるのは、はっきり言って何も考えずに5000年生きるよりずっと疲れる」村上春樹 風の歌を聴けより一節

・考えること。というより哲学するということは小生が知る限り、人間にのみ与えられた能力である。考えることは正直疲れる。しかしこれなくして、人間は人間とは言えない。そして他者を思いやること、これは人間うんうんよりも生き物として、当然の責務である。

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