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仲が良すぎる相手と付き合うか/友達のままでいるかの分岐点で。

仲が良すぎる相手と付き合う/友達のままでいるという分岐点があって、2人の人間がいれば宿命的に路線を選ぶ瞬間がある。私の場合それは、鼻の穴と耳の穴の見えかたで決まった。

1年前に知り合った女の人がおりまして、この関係性をなんと呼ぼうかと二人して思っていた相手がいました。直接的に言葉や行動で何かしなくとも、慎ましい距離を保ちながら、でもお互い好意があると確信できる雰囲気があったのですよ。ニュアンスとか空気感としか言語化できない、双方の感情に対する信頼がね、あったんです。

仲がいいからこそ関係を崩したくない、とはいえこれ以上あやふやでいるには緊張感が強くなりすぎた。そう思って今日は動こうとしたある日、女の子が写真を撮ろうと言ってきた。「わたしたち知り合って1年になるのに1枚も写真ないよね」と言って、インカメラで2人で撮り、写真を見て「やっぱりね」と納得顔をした。

「やっぱり、1年も定期的に会っていると顔が似てくるね」

すごく意外な一言だった。彼女は切れ長のかっこいい一重で猫のような見た目、私は二重の大きめの目で犬みたいな顔だったのでまったくピンと来なかった。それで、「どこが似ていると思うの?」と聞くと、彼女はスマホの画面を閉じてこっちを見た。

そして「ほらっ!」と、自分の鼻の穴を膨らませてこちらに寄越してきた。

「えっ」と私。「えっ、鼻?」

「うんそうだよ。鼻が似てきた」

「でも膨らませたよね?」

「うん」

ーー相当ショックだった。女の子におずおずと聞いてみる。「自分で言うけどさ、僕は鼻の形と大きさが綺麗って小さいときから褒められていたんだよ。高校生の時に友達が、『鼻の穴が綺麗』という曲を作ってくれたくらいだよ。でも鼻を膨らませるなんて、そんなに大きいの?」

女の子は、しまったという顔すらあまりせず、分岐点のような声でこう言った「でも、鼻の穴がとても見えやすいよね」

知らなかった。私はどうやら世界に鼻の穴を見せびらかしながら今まで生きてきたらしい。急に数年前に付き合っていた別の女の子から言われていた言葉が前頭前野までやってきた。「あおくんてさ、耳の穴が10メートルくらい離れた場所にいても丸見えだよね」

またおずおずと、目の前の女の子に聞いてみる。「あのさ、つかぬことを聞くけど、僕の耳の穴って見えやすい?」

女の子はニッコリと笑い、「うん、奥の奥までいつも丸見えだよ」と言った。終わった、そう思った。

自分と顔が似てきたと言い鼻の穴を見せてくる行為は肯定的に感じられない訳では無い。分岐点を恋人路線にするにはトリッキーな方法だが不可能ではない。ただ、私は自分が鼻の穴と耳の穴をずっとオープンにしながら世界に存在しているとは考えてもみなかった。絶望的につらい。

鼻の穴と耳の穴がいつも丸見え。それは誰かに裸を見られるよりもいっそ恥ずかしい気がした。せめてどちらかの穴だけはちょっと隠して生きていたかった。こうなると目の大きさですらちょっと恥ずかしくなってくる。世界に色々と開きすぎなのだ。

ーーでも。と、なんとか混乱する頭で一瞬考えた。理屈は全く通っていないけど、もし女の子の耳がオープンなら、なんだか一緒にいられる気がする。全然意味はわからないけどそう思う。

そうして女の子に、耳を見てもいい?と聞いてみた。女の子は笑いながら「いいよ」と言い、小ぶりで薄く素敵な耳をこちらに寄越してきた。とてもクローズな耳だった。耳の穴は全然見えなかった。これが私達の分岐点なのだと思った。

もしも私が穴を開示して生きていなければ何か変わったのだろうか。彼女はこの1年、確かにけっこう頻繁に好意を出していた。顔が似てきたのも素敵な話だ。だけど分岐点の日に、鼻の穴を膨らませて「ほらっ」を寄越してくるのは一体どういう了見だい?

その日以降、私達は完璧な友達として楽しく過ごしている。ただ、彼女は定期的に穴を膨らませて笑いを取ろうとしてくる。私はその度に苦笑いをしながら「もしかして最初から女の子に友達としてしか見られていなかったのでは」という疑念を打ち消す。

どんなにオープンな耳と鼻をしていても、恋の香りと甘い声は彼女からもうしない。モテる男への道はまだ遠い。

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