マッチングアプリで「いいね」くれた人に会ったらお隣さんだった。
もうごめんなさいとしかいいようがない。昔アプリでとある女性とマッチした。私は顔写真を載せていて、その人は載せていなかった。しばらくやりとりして会いましょうとなり日程を決めた。本当は見た目含めた雰囲気を知ったあとに会ったほうがスムーズと思ったけど、藪の中に入れば自ずとどんなかたかは分かるのでそうした。
当日、待ち合わせ場所の近くにドラッグストアがあったので早く着いたし日用品を買おうと入店すると、ちょうど店から出てきた女の人がいた。かなり大きなドラッグストアだし女性は沢山いるのになぜか「多分この人だな」と思った。そして10分後に待ち合わせ場に行ったらやっぱりその人だった。不思議なこともあるものだと思いつつ、つつがなくキャッキャ話して解散する。
帰宅時、その人が「実は私、この近くに住んでいるんです」と教えてくれ、私も「え、僕も割と近いです」と言った。それじゃあこれでと帰る方向を伝えるとその人は言いにくそうに「私も同じ方向です」と言った。あれ、もしかしてかなり近くに住んでる?
位置特定は彼女の本意ではないはずだ。と、私はコンビニに寄って帰ると言って別れた。それからやりとりはしなかった。
でも1月ほどして、急にその人から「散歩しませんか?」とお誘いがあった。散歩自体は大好きなのでわーいと集合場所に行くと、その人がこちらを見て急に「というかお隣さんじゃないですか?」と聞いてきた。そんな馬鹿な。
「えっ、お隣さん?」
「うん、多分そうですよ。あおさんのマンション名『ツリーフィールド』じゃないですか? そして〇〇A号室じゃないですか?」
「えっ、そうです。ということは〇〇B号室ってことですか?」
「うん。多分あおさんが入居した直後も合わせると2回くらいエントランスですれ違ったことありますよ」
ちょっと引いた。私は「野木さん」というオーナーが自分の名前を文字って付けた「ツリーフィールド」というギャグみたいな場所に住んでいた。とても小さなマンションなので、各フロアに2部屋しかない。全然気が付かなかった。
名誉のために言っておくと、私は本当に知らなかった。そもそもお相手のかたは顔写真を載せていなかったので知りようもない。すれ違ったというのも、多分ゴミ出しか何かのときだろう。視力0.1の私は、ゴミを出すときは裸眼だし、女の人が1人でエレベーターに乗り込んだ場面に出くわしたら(小さなマンションの小さなエレベーターなので)私は乗らないからお先にどうぞみたいなジェスチャーをしている。同じマンションの人を怖がらせるのは私の本意ではないのだ。
その人は「わたしは基本的にマスクをしているから気づかなかったのかもしれませんね」と言い、散歩もそこそこに解散した(もちろん用もないコンビニに寄り道した)。
でもその人はとても良い人で、後日1度だけ彼女がエレベーターに乗り込む瞬間に帰宅した私がエントランスに入った時に「乗りますか?」と口だけで聞いてきてくれた。もちろん「お先にどうぞ」的な仕草で返した。アプリで知り合った人がお隣さんだったなんて相当怖いだろうし、それは彼女の本位ではないはずだ。
ーー結局、その人とは全く関係のない個人的な事情で私は引っ越ししたから彼女が恐怖を覚えることは二度とないだろう。永遠にさよならだ。
だけどここまで書いて、やっぱり皆が思いつく至極当然の事実を無視できなくなった。
その人は良い人だったって書いたけど、怖がるべきはその人側ではなく、私のほうだったのでは? 私を隣の部屋の住人だと認識したうえで「いいね」を押し、お散歩に誘ってきたその人は実は相当に怖い人だったのでは?
今となっては全ては文字通り藪の中だ。ーー私は藪の中の語源を作った芥川竜之介の『藪の中』の偉大さに改めて感じ入った。と、最後に文学の教養をさらっと出し、恐怖体験を少しでも緩和したい。みなに幸あれ。