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桃子、身長190センチ
付き合って間もない女の子と夜のカフェに行ったときのこと。
時計を見た彼女が「帰らなきゃ」と席を立ったので「そうだね、僕も桃子が……」と言いかけたら、困惑した顔で「桃子って誰」と言われた。
一瞬迷ったが、家で育てている観葉植物に桃子と名付けていると正直に伝えた。彼女は安心した様子で「何それ」と笑ってくれた。私が桃子を育てて10年になると伝えたらひどく感銘を受けたようで、どうやら観葉植物を“大切に”育てる男はモテるらしいと知った。
「桃子」という名は、小説『パレード』に出てくる車の名前からとった。10キロ走るごとにエンジンを切らないとエンストしてしまう車を主人公は愛でていて、「早く帰って桃子のケツにガソリンぶち込まないと」と喫茶店で言って別の客を仰天させるくだりが印象的で、私も桃子と名付けた。
初めて彼女がアパートに来る日まで3週間あったので、私は桃子をさらに大切に育てた。毎日霧吹きをし、カーテン越しに日光を浴びせ、30キロある桃子を玄関先に出し水をあげる。
しかし少しやり過ぎたようだ。桃子は急激に成長し、縦190センチ、横120センチになった。自分の重さに耐えかねて枝がぽきりと折れてしまう。
アレカヤシの桃子は、太い幹に葉が生えるタイプではない。数十本の細い枝が垂直に伸びる植物だ。
私は軸となる190センチの添え木を4本刺し、無数にある枝を等間隔に白く太い紐で5か所、まとめてきつく縛った。大切さが肝心だ。これで枝が折れることはない。そして彼女がやってきた。
「桃ちゃんに会える!」と部屋に駆け込んできた彼女の目に、キツく縛られた桃子が映る。彼女が、「すいぶん大切にしてるのね」と冷静につぶやく。私は我に返り、桃子を客観的に見た。
それはもはや観賞用(インテリア用)の植物ではなかった。一人の人間の愛と狂気の産物だった。根元を間接照明で照らされた桃子を見つめる彼女の横顔から、急激に恋の気配が消える。
それから季節が巡り、一人身になった私は、若干の期待を抱きながら気になる女の子と初めての食事に出かけた。
2時間ほど経ち、女の子が「そろそろ行かなきゃ。ヨガに間に合わないかも」と言ってきた。何度か「時間大丈夫?」と聞いたのにギリギリまでいたということは、私のことを憎からず思ってくれているのだろう。私も立ち上がる。
「そうだね、そろそろ帰ろうか。僕も今日は桃子をきつく縛りすぎたから早くほどいてあげないと」
女の顔が引きつる。モテる男への道はまだ遠い。