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読書好きなので本の話題は一切出さない

本の話題はほぼ100%死へのルートだ。特にまだ関係性が築けていない場面で気軽に読書の話をすると痛い目に遭う。

以前、ほぼ初対面の6人の男女でご飯を食べたとき、とある女の子が最初に「私、読書好きなんです」と言ったので戦慄した。本を読まない大柄の男友達Aが「どんな本を読むんですか?」と聞き、彼女は「最近読んだのは絲山秋子さんの『沖で待つ』って本です」と言った。

友達が「そうなんですね、今度読んでみます。俺、本はまったく読まないけど村上春樹の『1Q84』の最初は読みましたよ」と言い、女の子は「そうなんですね、村上春樹は1冊だけ読んだことがあります」と答えた。そうして本の話はその後いっさい出てこなかった。とてもスリリングな会話だった。

私は、本が好きな人は「趣味・読書」の話題を気軽にしないと知っていた。読書をしない相手を困らせるし、好きな本はその人となりがわかる一種の人間宣言だと学んでいるからだ。下手に話してもし相手の愛読書が好みでなかったら、序盤から上手くいかない。初対面での本の話は、誰も悪くないのにみな傷つくという悲しい結末になる。

年に50~100冊本を読む読書家の端くれなので、『沖で待つ』も『1Q84』も読んだことがある。どちらも素敵な本だ。だが、『沖で待つ』は芥川賞受賞作品に比較的多い、ジェットコースターのような起承転結の少ない作品なのであらすじを説明しづらく、春樹作品は全部読む人とほとんど読まない人にはっきり分かれると知っている。

読書の話題は、その人が誰かとコミュニケーションをするときの「世界との距離感」を測る指標になる。本の話題を提供して盛り上がることがほぼないと知っているので、それでも最初で差し出すか否かは距離感を知るうえで結構重要だったりする。

ーーみたいなことを、飲み会の話題に上手く参加できず「枝豆ばかり食べる人」をまっとうしながら考えていると、ふと視線を感じた。別の女の子がこちらを見ていた。女の子がおずおずと心のカードをちらっと見せてくる。

「もしかしてなんですが、あおさんはちょっと本を読んだりしますか?最初に本の話が出た時になんとも言えない表情をしていたので」

私もピンときてちらっと片鱗を出してみる「そうですね、実はときどき読みます。絲山さんの本は読みましたし、村上春樹もまったくゼロではありません」

彼女は、村上春樹もまったくゼロではありませんと言った私の機微を鋭敏に察したようで、「春樹の話題は気軽に言えませんよね」と笑った。そして1Q84だけ読んだことがある、私の大柄のお友達Aを見て「Aさんってとても身長が高くて体格もいいですよね」と言い、勇気を気取られないようにフラットな声で「ビッグ・ブラザーみたいですね」と笑った。

一瞬で恋に落ちた。駄目だ、この人素敵すぎる。

ビッグ・ブラザーは村上春樹の『1Q84』がオマージュした小説『一九八四年』の登場人物の名前だ。彼女は洒落た方法で暗に自分は結構本を読んでいると教えてくれたのだ。

私は「そうなんです。彼と並ぶとリトル・ピープルになった気分です」と、『1Q84』の登場人物の比喩で答えた。私も本好きだと暗に伝えた。心地良い共感が流れた。あぁ、ようやく気づいた。運命の人はここにいたのだ。

ーーそうして現在。その本好きの女性は私の運命の人ではなく、どうやら友人Aの運命の相手だったようで、二人は楽しそうに暮らしている。

彼女とは未だに本の話をするけれど、純粋に読書友達として過ごしている。結構しっかり泣いた。モテる男への道はまだ遠い。

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