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お疲れワーママの、自分へのご褒美がわからない問題に終止符
以前、ワンオペも続いたし、小1の壁も落ち着いたし自分へのご褒美でも…と思ったのに何をご褒美にしたら良いのかわからない記事を書いた。
そしてやっと昨日今日とこの問題がスッキリ解決した気がする。
昨日は家族で近隣の県へ出かけた。
その帰り道に、高速のカーブを抜けるとまん丸でおっきな、醤油に大事に漬けた卵の黄身のような夕日が見えた。
空が広くて、オレンジ色の夕日の色が一面に広がってそれは贅沢な夕日だった。
いつも、窓の向こうに、それもビルとビルの隙間に僅かに見える夕日の余韻のような空でさえ綺麗だと思っていたのに、その何倍も何百回も豪華で何にも隠されていない夕日だった。
うわぁ!おおっきい!
真っ先に声を上げたのは私。
左隣の上の子は「そうだねー」と付き合ってくれて、下の子はトロンと眠そうにしていた。
あぁ、これが私にとってのご褒美かも。
そう思う。
夕日はかつて、ご褒美だった。
独身の頃、下り電車の窓から川に沈む真っ赤に燃える夕日が見えることが度々あった。
川を渡る短い間だけ与えられる、仕事終わりのご褒美だった。
美しい夕日を見られること。
しかも、その感動を共有したい人がすぐそばにいること。それが神様がくれたご褒美でなくてなんだろうか。
今日もまた家族でお出かけをした。
家路の高速は夜景。
街の灯りが美しくて東京が宝石箱のように感じられた。
夫は街の灯りや都会的な風景が好きだ。
満足そうに、夜景の中に走りこむ運転席の夫を見て、あぁ、よかったなあと思う。
えっと、でも、よかったって何が?
夫が長年欲しがっていた車をやっと昨年買ったことが?
そういえば、この車は私の誕生日に納車されたのだった。
この車と子どもたちとの思い出を夫が作ってくれて?
この人が夫で?
ずっと1人でいるのはさみしいから、家族がいた方がいいよと母に言われ続けて「どうやって家族を作ったらいいのだろうか、婚活も鳴かず飛ばずで」と絶望したし、夫婦喧嘩の絶えない家庭で育ち「そこまでして家族を持つ必要があるのか」と懐疑的に思っていた。
けれど、昨日の夕焼けと今日の夜景を見ながら私は確かに思っていた。
この時間をもらえただけで充分だと。
そしてそんな気持ちが込み上げる瞬間のためにまた私は何度でも前に進むのではないだろうかと。
たまたま、そんな人生になっただけ、そんな一日が巡ってきただけなんだけど、その中でやれることをやっているだけだけど。
自分で買う以上のとんでもないスケールのご褒美が気付けばそこにあると知った、夏の思い出。