直感に耳をすまし好きを選ぶ
先週末はよい週末だった。
平日を生き抜くための心の貯金を満タンにすることができた。
一体何が良かったのか。
たくさん物を買ったなーとは思うけど、何が良かったのか明確には分からない。たくさん物を買う週末は多いけど、だからと言ってその週末が特別良い週末だったと感じるわけではない。先週末が特別に感じる理由は何か。
ある人の記事を読んでいて分かった。
直感を研ぎ澄ませていた時間が長かったからかも、と。
先週末、私は箸と茶碗を買いに行った。
買う店は決めていた。食料品店なのに、生活雑貨も色々と置いていて、食器などは種類も豊富。しかも味のあるデザインで値段も手頃。次に食器を買う時はこの店にすると決めていたのだ。客層は年配、低所得者層が多い印象の店。
ここで、お気に入りを見つけるんだと行く前からワクワクしていた。
箸売り場に着いたら早速自分の好みを探し始める。食洗機対応のものの中から、いいなーと思うものをパッパと選ぶ。ワクワクする。楽しい。
続いて茶碗売り場。
様々なデザイン、大きさの商品を見て心踊る。どれもいい。迷いながら、直感で決める。好き、を基準に。楽しい。
そんな感じで、風呂の椅子、宿根荘の苗、ケーキ屋さんでケーキ、アクセサリー店でイヤリング、雑貨屋さんでバックと救急箱、とたくさん買い物をした。買い物ばっかりしていた。
好きを基準に直感で選ぶことは、どうやら癒しになるらしい。選ぶ間、私は直感を研ぎ澄まし、自分の好きにだけピントを合わせていた。私にしか出せない答えを探すために全集中していた。この時間にこそ私は癒されていたのだろう。
色々と私にアドバイスをくれる「思考」は、時に私の邪魔をする。今回の買い物でもよく、私にアドバイスをくれた。「高くない?」「どうせ使ってたらはげるんだから安いのにしたら?」などなど。
まぁ、でも選ぶのは私だし。私、働いてますからお金のことは大丈夫、とあんまり相手にしなかったのも良かったようだ。
思考は私のことを真剣に考えてくれる友達みたいなものだけど、話半分にしとかないとね。
決めるのは私だから。私が一番頼りにするのは、悪いけど、私の直感。私は、わがままに生きるからね。
いつもよく買う食料品や日用品の買い込みとの違いは何か。食料品や日用品を選ぶ時私が主に基準にするのは、安さや使い勝手などである。買いたくはないけど、家族に買ってと言われたから仕方なく買うこともある。私の「好き」からはほど遠い選択基準である。これでは癒しにはならないよなぁ。
直感を研ぎ澄まし、好きを基準に鶏肉を選び、トイレットペーパーを選べば、私の内面に及ぼす影響は違ってくるかもしれない。