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ひと夏の奮闘記|『君が僕を走らせる』
『君が夏を走らせる』瀬尾まいこ 新潮社 (2017年7月31日発売)
子どもとは、なんとも不思議な生き物だ。あまりに未知過ぎて、かつて自分がまさにそんな存在だったなんて、信じられないくらいだ。
彼らは、嫌だったら泣く。嬉しかったら笑う。好きだったらやる。
わたしと一緒にいて果たして今楽しいのだろうか、とか、本当は心の奥底でどう思っているんだろうか、とか、共に過ごす時間の中で、そんな不安を覚える必要のないほどに単純だ。(その素直さが時に、大人を傷つけることもあるが。)
本作は、16歳、金髪の不良少年ともうすぐ妹が生まれる2歳前の女の子。字面の深読みでついつい不安のよぎる、異色コンビのひと夏の物語。
わたしは読み終えた今、時間経過と共に深まった2人の絆に心温まる一方、あっという間の2人の夏が終わってしまった寂しさが残っている。早すぎる。短すぎる。わたしも大田と一緒に鈴香の成長を、そして強くなる2人の絆を見ていたかった。
物語の中で、主人公大田もこう呟く。
「寂しい、悲しい。そういう言葉はピンとこないけど、体の、生活の、心の、ど真ん中にあったものを、するっと持っていかれるような心地。
今の日々に変わるものがあるだろうか。俺はそれを見つけられるだろうか。」
誰しも一度は味わったことがあるだろう。何かに夢中になって、猪突猛進に無我夢中で駆け抜けて、走り終わった後に感じる、あの喪失感。トンネルの出口を見つけて、必死に追いかけたあの光の先についにたどり着いた、あの時のなんとも言えない、不安な気持ち。
本作では、そんな、皆が共感できる「切なさ」を、金髪の不良高校生が、美しい言葉を操って語るんだから面白い。ついつい、ねぇそれ本音なの?背伸びして、大人っぽいこと言ってるだけなんじゃないの?と口を挟みたくなる。
大田は本当に見かけ通りの人間なのだろうか。
「うざい」「死ね」「しばくぞ」。学校で教師に向かって不躾に吐く、それらの強すぎる言葉の裏に隠れていたのは、どんな本音だったか。
「うざいじゃわからないだろう。思っていることをちゃんと言いなさい」
そう諭されはするものの、そもそもそこに想いはなかったんじゃないだろうか。その吠え声はむしろ、やり場のない苛立ちや、もどかしさを抱えているというある種のSOSだったのではないか。
髪を染めてピアスをして、派手な格好をしているのはTPOを弁えて。
社会に後ろ指を指されてしまうような厳しい人生を歩んでいる大田には、そうすること以外、選択肢がなかったのではないだろうかと考えずにはいられないのである。
2歳の女の子と不良少年。あり得ない組み合わせでできたコンビの心と心のぶつかり合いに、気分が清々しくなった。
目に入ったすべてのものに全力で向き合い、気持ちを通わそうとする鈴香。その子どもらしさは眩しかった。今ごろ、もう少し文字の多い絵本を読めるようになっただろうか。ピーマンは嫌いにならず食べているだろうか。2歳下の妹と、仲良く積み木を並べているだろうか。
変わらず愛嬌は振りまく一方で、突如現れたライバルの存在に闘争心剥き出しで挑む、鈴香の姿が目に浮かぶようだ。
無条件に愛を注げる相手のいること。心から自分を必要としてくれる存在があること。「家族」の定義に血のつながりは関係ないように思えるのである。
夏の課題図書1冊目としては、なかなかいい選書だったように思える。手軽な内容のおかげで丸1日で読み終えてしまった。
1/30 ☆☆☆★★