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にぶんのいちのように、灯っていた。


かつて亮は「月夜の浜辺」ツアーごっこを
栞としたことがある。

つきよのばんに ぼたんがひとつ 
なみうちぎわにおちていた 

『月夜の浜辺』・中原中也


っていうの
知ってる? 亮ちゃん。

それってチューって答えようとしたら、栞は
返事なんか期待いていないみたいに、昔の詩人
の中原さんというひとが書いたんだよって言った。

だから知ってるってって言おうとしたけど、
栞が語りがたっていたので口をつぐんだ。

そして、ふたりで月夜の浜辺に落ちている
ボタンを必死で探した。

拾った人は夜ご飯をおごるとかそういう
くだらないルールだったけど。

亮も仕方なく、しゃがんで手で掘る。
爪の間に砂が入り込んできて気持ち悪い。
僕ってなにしてんだ? って思いながらも
指に触れるのは煙草の吸殻と貝殻の欠片
ばかりだった。

栞。これって時間制限ある?

少し離れたところにいる栞に声をかける。
でも彼女は夢中になっているのか、返事をしない。

ただただひたすらスコップを動かしていた。

そばにいるのに、いないんじゃないかって思うような
ところが彼女にはあって。

そんなところに惹かれたけれど、ときおり不安になる。

しゃがんで栞は、ときどきちぇって舌打ちを打つ。

ゲームとなればなんでも真剣になりすぎて機嫌が悪く
なるのがオチなので、栞には、この月夜の浜辺ツアーで、
ちゃんとボタンをみつけて、ぜひとも一番になって
ほしいと思う。

あの日、亮はどっちも波打ち際のボタンなんて
見つけられないって思っていたのに、ファミレスに着いた
途端、今日は亮ちゃんのおごりだからね、って事も無げに
言ってのけた。

誇らしげに栞はジーンズの後ろポケットから丸いものを
差し出した。

それってもしかして、ボタン? うそ?

うそじゃない! 

海辺のボタン? だよね。チューヤのあの詩のまんまじゃん。

ほら。

ほらって栞が言うからそれは、ほらすごいでしょのほら
かなって思ったら、それはほらあげるよの、ほらだった。

だって戦利品だろ? 

せんりひんって大げさな。あたしは亮ちゃんに勝ったから
それでいいの。

亮は、栞のちいさなてのひらからそれを受け取った。

受け取ってから半年もしないうちに栞は亡くなった。

唯一、形見分けのように持ち歩いているのが海辺の
ボタンだった。

栞からもらった海辺のボタンと僕は、あの日の
浜辺に来ていた。

商店街はもう閉じていたけれど、ふいに頭の上で
びらびらと短冊みたいなものが、ぶらさがりながら
ゆれていた。

近づくとその大きな札は、揺れ幅を大きくした。

<にぶんのいちあります>

たったそれだけのことばが書いてあった。

なんのにぶんのいちなんだろうって思った。
ふしぎなその短冊が、風も穏やかなのに
あまりにもゆれていた。

<にぶんのいちあります>

その文字をもう一度眺めていた時
ふいにぽけっとの中が熱くなった。

月夜のボタンをぽけっとからそっと
出してみた。

栞がくれたボタンは僕の手の平で
灯りを点していた。

まるでにぶんのいちのように。

(1198文字)

 

  

 

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