ゆりかもめとチョコレート。
夜眠る前に、少しだけ甘いものを口にする時のあの、罪悪感のようなもの
から、逃れられない。
っていうお題があるけれど。あれって、とても有意義なことをこつこつ
毎日している人の、誰かのお手本になるようなことだから。
真夜中のチョコレートなんて、きっとあてはまらないだろうけれど。
罪悪感って、なんだろう。
チョコ食べてるだけなのに。辛いものや酸っぱいものには、そんなこと
なにも感じないのに、甘いものだけに感じるなんて。
あの日の夜からかな?
って思い当たる節がある。
いちどだけ、男の人からチョコレートを頂いたことがある。
寒い季節になりそうな、そんな頃だった。
ひかりの雫が、天井からつるされた、いっぽんの垂直の形に添って、
滴ってゆく。
光るものがそこで消えたりついたりするのではなくて、上から、上から
つつつと、落ちてゆくと、
青い光はまた、つつつと戻って、おなじうんどうを繰り返す。
そんなイルミネーションを見ていた。
まだクリスマスには、早すぎるぐらいの季節だったけれど。
久しぶりに連絡を頂いた仕事でご一緒させて頂いたことのある経営者だった
社長Мさんだった。
若い頃から起業されていた、そんな経歴のひとで。
わたしと同い年の方だった。
そして、ふたりでゆりかもめ線に乗って、いろいろな場所に行った。
レインボーブリッジが、いつもどんな色合いで装っているのか詳しくない
けれど。
いつもテレビで観ている色とはちがって、その日は、七色っぽく滲んで。
雨の降っていた日だったので。
なんだか景色は眼の中に入ってくるすべてのものが、じわんと溶けだし
そうに感じていた。
大きな観覧車も何年ぶりだろう。カラーゴンドラにも乗ってみた。
ひとめぐりする円環を、ふしぎなリズムで進むのであの箱の中にいる間
は、まったく時間がどっちにむかって進んでいるのかわからなくなる。
その方Мさんとは、会うのは数えてはいないけれど多分5年ぶりぐらい。
彼はわたしの想像のつかない喪失感の中にいることは、いろいろと風の
噂で知っていたので、ずっと元気なのかどうか気になっていた。
若い時に作り上げた会社を、畳まなければいけない状況に陥っていて。
一緒に走ってきた社員さんやその家族のみなさんのことに心痛ませていた
ことも知っていた。
でも、彼のことはなぜだか、
言葉はあれだけれど、そのまま、ぽしゃっちゃわない人だってことだけは、
心のどこかで信じていた。
会ってみたら案の定、のほほんと待ち合わせ場所に立っていて。
にって、照れたみたいに笑った。
昔のままのМさんに見えた。
会わない時間が長くあるのに、いつも気にかけているひとって。
もしかしたら、会わなかった時間の空白をそれほど感じないものなの
かもしれないとかって、呑気なこと思ってた。
観覧車のイルミネーションが、鮮やかな放射状に光るその箱の中は、その
ことを感じるのにとてもぴったりすぎるぐらいの速度を持った空間だった。
Мさんが仕事場で言う口癖は、「迷ったら、行こう」だった。
引くことなく、いつも引かないことでなにかを切り拓いてきた人だった。
迷うのは、わたしの専売特許のようなところがあったので、いつも、檄を飛ばされていたのを思い出す。
会社をひとつ派手につぶしてしまったというのに、彼は未来というビジョンをすがすがしく語っていた。
何がこれからしたいのかも、見えているみたいだった。
ただ、一度だけ言った言葉が印象的だった。
絶えず水の入っっている靴の中に足をつっこんでるイメージが朝起きるとある。
そんなことを言ったあとに、ちょっとカッコつけすぎか!って笑った。
わたしにその言葉の意味を探らせないように、明るい方向へと話を転換しているみたいだった。
そして、帰り際。
駅までの道すがら、雨足が強くなってきたのでふたりでダッシュした。
久しぶりダッシュしたね。ダッシュするもんだねたまには。
そんなことを言って笑いながら、ふたたびゆりかもめに乗った。
最近どんなもの書いてるの? ってあまり自信を持って返事できない問い
に答えたりして、いつものように励まされて、新橋に着こうとしている、
その時だった。
彼が鞄の中から、無造作にオレンジ色のボディにブラウン系のリボンが写真のように印刷されている、チョコレート屋さんのロゴのついたちいさな紙バッグを差し出して、これどうぞって渡してくれた。
わたしは、突然の贈り物をもらうなんて思ってもいなかったから、びっくり
していたら。
気分がよくなるらしいよ、チョコって。はじめて聞いたけど。だからどうぞって。
男の人からチョコレートもらったなんてはじめてだったのと、それに降り際だったことも手伝って、お礼もそこそこにしか言えなった。
2時間以上一緒にいたし、食事もしたのに、最後の最後でチョコを渡してくれるんなんて、どれだけ気を遣ってくれるんだって。
そうやって、顧客の方とも接してきた人なんだろうなって。
落ち込んだり、失意のドン底に居たのはその方だったのに。
気持ちが楽になるよって。
これからどうするかを思いあぐねていたわたしを、察していたみたいに。
わたしの気持ちを楽にしてくれようとしていた。
気持ちが楽になりたいのは、ぜったい彼の方だったはずなのだ。
その日の深夜。
彼からもらったチョコレートを食べてみた。
口にする時にわずかばかりの後ろめたさを感じた。
それが何に対してなのか、よくわからない。
彼への心遣いが足りなかったことなのか、なになのか。
たぶんその甘いちいさなチョコレートには、あらかじめそういうスパイスが入っていて。
せいしんをちくりとさすような成分が、じんわり、効いてくるようにできていると思うことにした。
あれからずっと夜になると、ちいさなチョコレートを口にしてしまう。
罪悪感の種類は、若干ずれてきているけれど。
🎀今日も長いひとりごとにお付き合い頂きありがとうございました🎀
ひとりきまま企画今日の一曲は
大橋トリオさんの 「突然の贈り物」のカバーバージョンです。
(オリジナルは大貫妙子さん♬)
ではどうぞお聞きくださいませ♬
ひたひたと ひかりの雫 うつろってゆく
ほとばしる 悲しみの中の 甘い欠片と