Twitterのタイムラインに、逃げていたあの頃がよみがえる。
Twitterのタイムラインに映画の
プロモーション
「そして僕は途方に暮れる」が
流れてきた。
昔聞いたことがあるタイトルと
その曲と大沢誉志幸のハスキーな声が
わたしの頭の中で鳴っていた。
サイトのストーリーを読んでいたら
フラッシュバックしそうなエピソードが
ずらりと並ぶ。
主人公は逃げて逃げて逃げまくる。
そんな逃避劇が描かれている映画。
身に覚えがあるなって思いながら
あの頃のことを思い出していた。
かつてわたしはコピーライターの
専門学校に通っていた。
大学2年の頃、週3日ぐらいを午後から
夜はその学校で過ごしていた。
そこには、社会人の人も多くて広告業界の
方もいたけど。
違うジャンル、証券会社や銀行などに
勤めているひとも、勤務の後にその学校に
通ってきていた。
みんな、文学を好きだった人がほとんど
だった。
わたしは本に夢中になったこともあまり
なかったけれど。
叔父がグラフィックデザイナーをして
いたこともあって。
やってみたらええやんって言われて
なんとなくな理由でその学校に通っていた。
性に合わなければやめようと思ってた。
いつでも腰は引けてる。
でも人並みに、なにかに賭けられるものを
みつけたかった。
小さい頃から集中することが難しいまま
育ってきたので、なにかじぶんで
夢中になるものが欲しかった。
毎週、課題がでて提出すると順位が
つけられて翌週発表される。
いい時もあったし、悪い時もあった。
でも、すこしずつわたしは彼らと一緒に
セッサタクマしながらバカ言ったり
バカ言われたり、本気じゃないからな
みたいなすれすれの態度をとったり。
本気でやれよってライバル意識めらめらの
仲間のはざまでわたしは揺れていた。
そこにガチとは離れている場所にいる
N君がいた。
生活力があって、ガテン系のバイトをこなしたり
格闘技に勤しんだり、言葉以外のエリアでも
活躍していた。
本は苦手だけど、ひとことで今の状態を
話すことが得意だったし、踊り系も
ものまねもうまかった。
関西人はというかわたしのまわりは
ひとつぐらいはモノマネのレパートリー
がある子たちが多かったけど。
彼は田中邦衛がうまかった。
北の国からの五郎さんやってって
いうと、例のあの口調をやってくれた。
ラーメンの場面、この子がまだ食べてる
じゃないですか~というくすんとする
あれです。
脱線した。
彼はコピーライターのゆめもそうだけど。
ニューヨークに料理の修行に行ってきた
経験があって、料理人を続けることの
彼の夢も揺れていた。
N君。
そしてわたしの行き先も揺れていた。
そんなふたりは時にいらつきながら
喧嘩もした。
ひとつめの会社を元カレの紹介で
入社したのに、心の負荷に耐え切れず
逃げた。
原稿用紙とか文字をみるのもこわかった
そんな時期だ。
でもかろうじて広告の世界の末席に
いながら年月が経っていた。
この間、むかしのあれこれを整理していたら
N君がかつてわたしに贈ってくれたMDが
出てきた。
いま、ここに画像を貼ることはできない
けれど。
コピーライターの専門学校に通っていた
ころからずっと後、わたしは家族の
もろもろのせいで関西から遠くへと
引っ越さなければいけなかった。
大阪での人間関係もちょっと詰んでいた。
婚約も破棄して彼からも逃げた。
そしてぶざまに無理矢理に畳んだ。
N君だけに告げてわたしは大阪を逃げた。
わたしが母とふたりで遠くで暮らすことに
本決まりになった時。
いつもみたいにわたしの家を訪ねて
くれた彼はちいさなMDを持っていた。
渡してくれたそれには彼の字で
タイトルが綴られていた。
年上の彼がずっと好きだった曲の
タイトルが書かれていた。
最後までそのタイトルを眼で読んでいたら
どこかいつもと違う感じがしたけれど。
すぐにそれがなにか気がつかなかった。
「そして僕は遠方に暮れる」って
書いてあった。
そうだよ、あの曲だよねってスルー
しそうになっていた。
あぁ!
一文字違っていた。
遠方に越してしまうわたしを想って
書いてくれていたのか。
途方は「遠方」になっていた。
N君はそういえば漢字とか苦手だったけど。
このまちがいは、とても愛おしくて。
わたしのなかでそのタイトルは今も
「そして僕は遠方に暮れる」のまま
記憶のページにはりつけてある。
ほんまに遠いところへ行くんやなって
ぼんやりしてたわ。いつだったか、
そう言ってくれた。
あれから何年も経って、タイムラインに
この映画のことが流れてこなかったら
あの日のことも忘れていたかもしれない。
そしていまN君は遅めの結婚をして、
かわいい子供ができて子供たちに格闘技を
教えるクラスを受けもったりしながら
公務員になっている。
わたしは紆余曲折しまくって、エッセイを
書いたり短歌を書いたり、ときに子供たちの
短詩作品を選んだりする仕事にしがみ
ついている。
途方に暮れることの多いこの頃だけど。
あの時、間違っていたと思っていた道
の真ん中で。
N君と出会い今も友達でいてくれる
ことを感謝している。
逃げたはずなのに手を差し伸べてくれる
方が幾人もいた。
あの日を間違っていなかったと思える
日々にしてくださった出会いが
あったことがいま、ありがたい。
自分をあきらめずに生きておいて
よかったと思う。
N君には今年きっと会えるような気がする。
暮れてゆく 光を追って きみを想う
あの頃の 馬鹿な言葉に 満たされて