【映画】「私にふさわしいホテル」感想・レビュー・解説

「やっぱりのん(能年玲奈)っていいよねぇ」と再確認させられる映画だった。

さて、最近同じようなことばかり書いているが、本作でのんはかなり「非リアル」な演技をしているのだけど、でもそれがハマっている。ここ最近の話だと、映画『ピンポン』の窪塚洋介とか、映画『【推しの子】-The Final Act-』の二宮和也など、「『現実にいそう』と思わせるのが難しいキャラクターを絶妙に演じている」ことに感心させられるケースが結構あったのだけど、本作『私にふさわしいホテル』ののんに対しても同じようなことを感じた。

のんが演じるのは「売れない小説家」であり、彼女は、その現状をどうにかしようと奮闘する。その過程で、大学時代に演劇部だった経歴と持ち前の度胸で、色んな場面でムチャクチャなことをする。映画の割と早い段階で出てくる「文豪コール」なんてまさにその1つで、そんなことをやる人物は、なかなかリアルな存在には見えてこないだろう。

しかしのんは、「現実にはこんな奴いないだろ」と判断されてもおかしくないだろうキャラクターを、「もしかしたらいるかもしれない」と思わせる感じで演じてみせる。そこがやっぱり素晴らしいなぁと思う。

本作は、ジャンル分けするなら「コメディ」になるだろうし、そしてそういう作品であれば、「非リアル」側に振り切ってもまあ成立する気はする。宮藤官九郎脚本とか福田雄一監督みたいな作品であれば、役者がそういう方向に振り切っていることもあるし、それはそれでいい。

でも僕は、割と自分の好みとして、「リアルっぽさ」みたいなものが感じられる作品の方が好きで、だから本作におけるのんの演技は凄く良かった。なかなか、こんな雰囲気は醸し出せないと思うんだよなぁ。

物語としては、いわゆる「文壇」と呼ばれるような「小説家・編集者の世界」が描かれる。全体的にコメディであり、もちろん「誇張して描いていますよ」みたいな雰囲気が伝わりはするのだが、しかし本作は、小説家・柚木麻子の同名小説を原作にした作品なので、「ホントにこういう感じ、あるんじゃないの?」と思わせる部分もある。僕自身も、別に「文壇」の近くにいたなんてことはないが、書店員だったこともあり、本作で描かれている世界の一部に少し関わったこともある。個人的にはそういう意味でも、興味深さを感じさせられる作品だった。

また、少し前のことだが、本作の舞台としても登場する「山の上ホテル」を隣接する明治大学が取得した、というニュースを見かけた。そもそも山の上ホテルは、老朽化への対策のため2024年2月から閉館しているのだが、恐らく撮影はそれよりも前だっただろう。単に休館であれば、むしろ休館期間中の方が撮影に使いやすいかもしれないが、老朽化対策のための休館となれば、簡単には撮影には使えないんじゃないかと思う。そういう意味でも、絶妙なタイミングで制作された映画だと言えるかもしれない。

というわけで、ざっくりと内容の紹介をしようと思う。

物語は1984年、多くの文豪たちが愛した「山の上ホテル」から始まる。作家の山口瞳はこのホテルを「作家のためのホテル」と言ったそうだ。出版社が多く存在する神保町から近いこともあり、出版社が作家を”カンヅメ”にするホテルとしてもよく使われていたそうだ。

そんなホテルにやってきたのは、小説家・相田大樹こと中島加代子である。ただ彼女は、正確には「小説家」と言えるような立場にいない。3年前、ピーアール社の新人賞を受賞したものの、未だに単行本を出せていないからだ。その元凶は、文壇の大御所・東十条宗典にある。彼が、雑誌に載った相田大樹の新人賞受賞作「文学少女奮闘記」を書評で酷評したのだ。そのせいなのか、はっきりとは分からないものの、単行本の話はまとまらず、加代子はそれ以来、デビュー作からすべての作品を読んでいる東十条宗典に怒り心頭に発していた。

しかしそんな彼女に千載一遇のチャンスが巡ってきた。もっとも、これを「チャンス」と考えているのは、加代子ただ一人であるのだが。

加代子は、単行本も出せていないにも拘らず、文豪気分を味わうために自費で山の上ホテルに泊まっていた。そこにやってきたのが、大手出版社・文鋭社の敏腕編集者である遠藤道雄だ。彼は加代子の大学時代の先輩に当たり、今は東十条宗典の担当をしている。その東十条宗典が、加代子が泊まっている部屋の真上のスイートルームにいるとかで、たまたまロビーで加代子を見かけた遠藤が訪ねてきたというわけだ。

しかしその何がチャンスなのか。実は東十条宗典は、明日の朝までに絶対に仕上げなければならない原稿があった。遠藤が関わっている文芸誌「小説ばるす」の50周年記念号で、50人の作家の短編やエッセイを集めるのだが、その目玉となるのが東十条宗典なのである。しかし他の仕事が忙しく、彼はまだ原稿をほぼ何も書いていない。そのため、山の上ホテルに”カンヅメ”にされることになったというわけだ。

これを加代子はチャンスと捉えた。もしも、もしも東十条宗典が今日中に原稿を書き上げられなかったとしたら。50周年記念号なのだから、50人の作家はなんとしても揃えなければならない。しかし、東十条宗典の原稿がダメだった場合、他の誰かに依頼する時間もない。

であれば、加代子(相田大樹)が来たるべき時のために推敲に推敲を重ねたあの短編小説で埋め合わせるしかないじゃないか。

となれば、加代子がやるべきことは明白だ。真上の部屋で根詰めて原稿を書いている東十条宗典の邪魔をして、原稿を書けなくしてやればいい……。

というような話です。

さて、今紹介した内容紹介はほんの冒頭で、それ以降も、様々な形で「相田大樹VS東十条宗典」のバトルが繰り広げられるわけだが、まずこの冒頭のエピソードが面白かった。そもそもがムチャクチャな話で、リアリティもへったくれもないのだけど、でも、冒頭で書いた通り、のんが演じると不思議と、「こういうこともあるかもなぁ」なんて思わされてしまう。

しかも、なかなか面白いのが、編集者・遠藤道雄の立ち位置。彼は文鋭社のエース編集者として、大御所作家である東十条宗典の担当を任されているわけだが、決して彼の味方をするわけではない。というか、別にしない。もちろん、担当編集者として譲れないラインはあるわけだが、そのラインを守った上で、むしろ東十条宗典を虚仮にする側に回っている。

しかし、じゃあかと言って加代子の味方をするのかというと、それもそうではない。いや、「全然売れてない新人作家」に対する対応としてはかなり良い風にしてくれていると思うが、とはいえやはり、「小説家・相田大樹」をなかなか優先することも出来ない。

ただそういう中で、遠藤は大学時代の加代子を知っていることもあり、「こいつなら何かやるかもな」という感覚も持っている。そしてそういう部分において、”自分があまり手を汚さない形”で加代子を焚き付けて、あわよくば面白い状況を作り出そうとする。

物語は全体的に、加代子(相田大樹)と東十条宗典がどうやり合うか、みたいな部分がメインになっていくわけだが、その2人の「バトル」に陰から薪をくべ続けているのは遠藤だと言えるだろう。彼の、ある意味では編集者としてリアルだとも言える絶妙な振る舞いによって物語全体が面白くなっている感じがあり、とても良かったなと思う。

物語はとにかく、「そんな風にはならんやろ」的な展開を続けていくわけだが、冒頭から「これはコメディ作品です」と分かりやすく明示されるのでその後の展開にも違和感を覚えないし、何より、のんの演技が絶妙なので、「そんな風にはならんやろ」的な展開でもリアルさが残る。ずっとジタバタし続ける加代子が、そのムチャクチャ奮闘ぶりからどこまでたどり着くのか、観てみてほしい。

さて、個人的には、出演シーンこそ少ないものの髙石あかりが出てきて「おっ!」って感じだった。映画『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』を観るまでその存在さえ知らなかった女優だが、その演技の凄さにビビって一気に気になる存在になったし、その後なんと朝ドラ女優に決まったしで、僕の中では今熱い役者である。

あと、のんが出てくると、比較的高橋愛も出てくることが多い。まあやはりそれは、『あまちゃん』のイメージが強いからだろう。本作では「カリスマ書店員」として、短いながら出演していた。別に『あまちゃん』をちゃんと観ていたわけでもないのに、のんと橋本愛が一緒にいると「おぉ!」と思ってしまうのは何なんだろうな。

というわけで、「のんが好み」という個人的な趣味趣向はあるものの、とても楽しい作品だったなと思う。全体的には馬鹿馬鹿しい話なのだけど、「文壇」に限らず「権威的な存在が幅を利かせている世界」は色々とあると思うし、そういう状況に対する皮肉がモリモリだと思うので、痛快さも感じられるのではないかと思う。

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長江貴士
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