マガジンのカバー画像

月刊文芸誌『文活』 | 生活には物語がみちている。

noteの小説家たちで、毎月小説を持ち寄ってつくる文芸誌です。生活のなかの一幕を小説にして、おとどけします。▼価格は390円。コーヒー1杯ぶんの値段でおたのしみいただけます。▼詳…
このマガジンを登録いただくと、月にいちど、メールとnoteで文芸誌がとどきます。
¥390 / 月
運営しているクリエイター

2022年3月の記事一覧

【小説】みずうみ ②

(あれ、ぼくはどうしていたっけ) 気づくと少年は、また水面にぷかぷかと、立ち泳ぎをしながら浮かんでいました。頭がぼんやりしています。湖面のしたに沈んだはずなのに、なぜか髪の毛もぬれていませんでした。 はっきりと少年は、湖面のしたの、いつもとは別の世界に迷い込んでしまったことを感じました。その世界は、どこかみずうみのためだけにあつらえられたようでした。ふつうは空があり、雨があり、木々があり、土があり、それらをつたってみずが溜まっていく、それがみずうみのはずなのに、その世界に

【文活3月号ライナーノーツ】広瀬ケン「吉祥寺のキャバクラで出会った女の子と桜桃忌に行った話」の、裏話。

この記事は、文活マガジンをご購読している方への特典としてご用意したライナーノーツ(作品解説)です。ご購読されていない方にも一部公開しています。ぜひ作品をお読みになってから、当記事をおたのしみくださいませ。 『お別れの前日』というテーマを見た瞬間、真っ先に浮かんだのは「どうやってお断りしようか?」でした。 締切が近い(実際にテーマがなんであれ締切は物理的に近かったのです)、ワクチン接種が近い(実際に3回目を摂取して寝込んで週末を2日間つぶしました)、それか、もう正直に、「『

【文活3月号ライナーノーツ】雪柳あうこ「きんいろのゆき」

この記事は、文活マガジンをご購読している方への特典としてご用意したライナーノーツ(作品解説)です。ご購読されていない方にも一部公開しています。ぜひ作品をお読みになってから、当記事をおたのしみくださいませ。  かつて暮らしていた家の近くに、とても大きく見事なイチョウの木がありました。  文活3月号に寄稿した「きんいろのゆき」は、季節外れの、とても早くに降る雪を見た時の1シーンがどうしても忘れられないことをきっかけに生まれた作品です。今年はわたしの住む東京でも何度も雪が降り、

小説 | マイ・ディア

この作品は、生活に寄り添った物語をとどける文芸誌『文活』2022年3月号に寄稿されています。定期購読マガジンをご購読いただくと、この作品を含め、文活のすべての小説を全文お読みいただけます。  すっかり放置していた僕のスマホに光る、赤い③の文字。 『ハル、最後の晩餐どないする?和洋中なんでもええで!!』11:48 『あかん・・・仕事詰め込んだからやっぱり遅なるかも・・・』16:07 『帰り道に店長の日かどうか覗いてみて』17:30    昼前から夕方にかけて状況が険しくな

シェアハウス・comma「三善 哲宏 編」

耳にべたついて残るのは、ゆうべ電話越しに聞いた母からの声だ。 『ね、哲ちゃん。少しでいいの。ほんの少しでいいから。でないと今月、お米も買えないのよ』 何も感じてないフリをしながら、俺はATMのボタンを操作して、実家の母の口座に四万円の送金をした。米を買えない、というのは嘘ではないのだろう。このあいだは『もう電気が止められちゃう』という言い草だった。 でも俺は、自分が送金したなけなしの金が、ときには高いワインや見栄のための小さなアクセサリーに化けていることを知っている。俺

「吉祥寺のキャバクラで出会った女の子と桜桃期に行った話」

この作品は、生活に寄り添った物語をとどける文芸誌『文活』2022年3月号に寄稿されています。定期購読マガジンをご購読いただくと、この作品を含め、文活のすべての小説を全文お読みいただけます。 悲しい話は書きたくない。誰かが死んだり、病気になったり、さまよったり。だからこれから話す内容は、楽しい話にしたい。ずっと酔ってて、笑ってる話。幸せそうな話。みんながマスクを付けるちょっと前の話。 * ディズニーランドの洗面台に鏡がない理由は、現実逃避をさせるためだ。 夢の国で用を足

【文活2022年3月号】読み切りテーマ「お別れの前日」|ゲスト作家は広瀬ケンさん|長編小説2本は第二話へ展開

こんにちは!文芸誌・文活です。 今月号の文活のテーマは『お別れの前日』。何かと別れがつきもののこの季節。「お別れ」をテーマに3編の小説を掲載しています。 (今回は直球の切ない小説ばかりで、読んでいると切ない気持ちになるかも。。。) 他にも、先月から連載している長編小説2本 ・なみきかずしさん『みずうみ』 ・西平麻依さん『噂通り、一丁目一番地』 は第二話を掲載。展開から目が離せません。 ゲスト枠では広瀬ケンさんに寄稿いただきました。生々しい輪郭で現実を描き、読者を刺

きんいろのゆき【短編小説】

【小説】みずうみ ①

あるみずうみの畔に、少年がひとりで住む小さな小屋がありました。その近くには、ひとが住む建物はまったくありませんでしたから、少年は「ぼくがこのみずうみに沈んで消えてしまったら、だれが気づいてくれるだろう?」などと、ある晩に想像したりもするのでした。 一昨年に育ての母親がゆくえをくらませてから、少年はムラを追われて身寄りはなく、毎日連絡をとるような相手もいませんでした。ただ少年は週にいちどほど、林を越えた先にあるムラの商店に、卵や干し肉やコーヒー豆を買いに出ていますから、買い出