まひろの決断と波乱の予感/大河ドラマ『光る君へ』第25回・第26回
宣孝は、まひろとはまったく考え方の違う人物だ。まひろの心に別の男がいてもいいとまで言う。それを蔵之介さんが演じているものだから、包容力のある大人の発言に聞こえたけれど、宣孝にはもともと妻も妾もいる。あんなに生真面目で頑固なまひろが耐えられるのか?とは思っていたが、やはり2人の楽しい時間、彼女が想像していた「気が楽」な時間はあっという間に崩れ去った。
自分が非力と分かっていても、困っている民がいれば行動に移してしまうのがまひろ。そこには、直秀ら散楽一座と出会った影響もある。あの地獄の哀しみを共有していることが、彼女と道長の心を政治へと向けさせている。宣孝が子どもたちを「穢らわしい」と言い放ったとき、戸惑うまひろと自分も同じ気持ちになったのは、直秀の顔が浮かんだから。ただ、宣孝の財があったから家の修繕もできたし、困った子らに炊き出しができた。それも事実なのである。
「己を曲げて、誰かと寄り添うこと。それが愛しいということ」と諭したいとのことばは、まひろに届いただろうか。
それにしても、やり取りした恋文を他人に見せびらかすなど、いちばんまひろが嫌がりそうなこと。左大臣に結婚の報告をして包囲網を敷き、まひろの決意を確固たるものにさせたまでは宣孝らしいと笑っていられたが、これはちょっと。私の中で、株が急降下。まひろを妾にしたことがうれしくて仕方なかったのだろうけど、これまでを振り返ると、あんなに大人の余裕と色気を感じさせた宣孝が、ギラギラした成金おじさんのように思えてきた。散々持ち上げておきながら(笑)。
まひろ夫婦のかけ合いは毎回コントになりつつある。ただ、ふたりの顔つきが変わった瞬間があった。ひとつは、まひろが「あなたに甘えたことなどない」と宣孝に言い切ったとき。娘ほどの年齢の彼女への恋に、宣孝が一瞬で冷めたのが分かった。一方でまひろが真顔でキレたのは、宣孝が左大臣(道長)の名前を出したとき。あかん、それはアウトや……。まあ考えてみれば、宣孝は最初からこういう男だった。
もはや修復は不可能なのでは?というほどの大喧嘩。足が遠のいた夫が、再び屋敷に通ってくることはない気がする。
そんなまひろ一家の(乙丸、いつの間にか嫁を連れて帰って来た! よかったね、よかったね 涙)ゴタゴタ中、道長は度重なる天災と、相変わらず中宮への愛にどっぷり浸かって政務に支障が出ている一条天皇に頭を悩ませていた。第26回に登場した道長、目の下にクマができていて痛々しい。しかし、もっとも胃をキリキリさせているのは、間に入っている行成だ。気の毒過ぎる。世も政治も混沌とする中で、安倍晴明に「あなたは切り札を持っているではないか」(意訳)と言われた道長は、絶対に入内だけはさせたくないと考えていた娘の彰子を、ついに入内させることに。最初は猛反対していた倫子も、腹を括って入内させることを決意する。
彰子は口数が少なく、道長が入内のことを告げても「仰せのままに」としか言わない。感情の無さは、鳴き声を忘れた鳥のよう。すでに自分の人生を諦めているのか、達観しているのか。彼女の態度は『あさきゆめみし』に出てくる女三宮を思い起こさせ、同じように感じた人は多かったようだ。演じる見上愛さん、史実ではこのころの彰子はまだ11歳なのだが、違和感がなく驚いている。後に彰子がまひろ(紫式部)と出会って、どんな風に変わっていくのかを早く観たい。
中宮の出産にぶつけるように彰子の入内を計画するなど、ブラック化の兆しが見える道長。でもそれは家のためではなく、庶民も貴族も健やかに暮らせる世の中のため。そして、まひろとの約束を果たすため。だから彼は、彰子を「いけにえ」と表現した。こうなると、中宮の立場がいよいよ難しいものになりそう。帝が中宮を寵愛すればするほど、彼女を苦しめる。はかなさの漂う美しい帝と中宮。この先のことを考えると、ウイカさま、ああ清少納言がどうなるのかも心配である。
さて、まひろが気分転換を兼ねてみんなで出かけたのは石山寺。さわとの思い出、そして書くことの意味を道綱の母から教えてもらったあの石山寺である。夫との大喧嘩の最中、道長との偶然の再会を果たす。これは何を意味するのだろうと思っていたら!
ちょちょちょ、次回予告!
あうわわわわわ……三郎、再びの告白タイム!
ええっと、で、その懐妊は、どっちの? どっちの?
あれだけまひろの機微に気づいた宣孝だから、すぐバレちゃうのでは? いや、バレるって。だが、こうした経験がすべて源氏物語へつながっていく(ということだと思う)。まだ道長との子かは分からないけど。
選挙は大事、大事。だけど今、私も世の皆さんと同じ気持ちだ。
七夕に、ふたりの運命の再会を観たかった!
もうあと一週間が長い!!