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気難しい作家先生〜前々日譚・観覧車の女神|#短篇小説


 この話は、単話でもお読み頂けますが、【気難しい作家先生】はシリーズとなっております。




 そのうち、深谷浩介の初恋【前々日譚】は以下にまとめました。


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《登場人物》


深谷浩介ふかやこうすけ…作家志望の高校生。



飯田李里佳いいだりりか…浩介の同級生。



《前回のお話》

「ねぇ、深谷くん!

 私、あれに乗ってみたいの」


 李里佳の指差した先は、ビルの屋上の真赤な観覧車だった。


「・・・今なら、夕方になって灯りがつき始めて、綺麗じゃない?」


 浩介は、観覧車のみならず、遊園地自体体験した記憶がなかった。両親の指向性からして、嬌声を上げて遊ぶようなものとは無縁だった。


「観覧車・・・」



「そう。ひとりで乗るのも、つまらないでしょう?せっかくだから、乗りたいな」


 李里佳はそう言ってにっこり微笑んだ。彼女の微笑みには、逆らうことが出来ない。



 その真赤な観覧車が、ファースト・キスの場所になるとは・・・浩介にはまだ、思いも寄らぬことだった―――。

「気難しい作家先生〜前々日譚
クリスマスプレゼント」




気難しい作家先生
〜前々日譚・観覧車の女神



 ショッピングビルの上の階が、観覧車の乗り口だった。やはりクリスマスシーズンなので、順番を待つのはカップルが多い。たまに、小さな子供連れの家族が混じっていた。


「結構、並んでるね・・・」


 李里佳りりかは感心したように言った。


 浩介は努めて不機嫌にならないようにしていた。長い列に連なるのを、今まで選んできたことが無かったのだ。


 しかし、期待に満ちた目でゆっくり廻る観覧車を目で追っている李里佳には、そんな浩介の我慢を、気付くはずもなかった。






 20分ほど待って、ようやく順番が回ってきた。


 屋外に出た途端寒風が吹き付け、浩介はマフラーを首もとにしっかり巻き直した。


「・・・ゴンドラ、止まらないかな」


 
 
 風で乱れる前髪を直しながら、李里佳が言った。


「大丈夫だよ。台風じゃないんだから」


 安心させるように浩介は答える。


「そうね・・・」


 会話していると、完全防寒で着込んだ係員の男が、降りてきたゴンドラの扉を開けた。


「はい、―――どうぞ入って下さい!」


 言っているうちにゴンドラは上がってしまうので、浩介と李里佳は急いで中に乗った。


 直ぐに頑丈に扉は閉められ、ショッピングビルの音楽や喧騒から、ふたりを遠ざけた。




「・・・やっと、乗れたね」


 李里佳は嬉しそうに浩介に笑いかけた。

 浩介は目を合わせたが、李里佳のようにうまく笑えなかった。


 ゴンドラが上がるにつれ、子どものように右から左へ顔を巡らせ、下も見下ろしながら、李里佳は言った。


「これ・・・何処まで、眺められるかな?

 まさか、海までは見られないよね」


「多分ね・・・」


 浩介はそう答えたが、頭の中では、全く違うことを思い起こしていた。


 ベンチシートで、小さく身体を動かして話す李里佳と、幼少期に飼っていた黄色い小鳥がダブルイメージに映ったのだ。


 母の部屋に置いた鳥籠とりかごがゴンドラに、


 様々な優しい声を発して囀《さえず》る小鳥が、あたかも李里佳のように、


 脳内で変わった―――



 既視感と現実のあわいで目がくらんで、呆けたように李里佳を見ていたのだろう。


「―――深谷くん?」


 李里佳が戸惑った声で呼びかけた。


「深谷くん、あのね・・・」


「・・・うん」


 浩介は、ゴンドラの現実に心を戻した。


 風は次第に強く吹き、がたがたと不穏な音を立ててゴンドラを揺らした。


「何だかここ、どきどきするわ」

 李里佳が胸を押さえる。


「―――顔、蒼くなってるよ」


 李里佳は俯向うつむいて黙り込んだ。


(もしかして、怖いんじゃ・・・)


 浩介は、李里佳の隣に席を移そうとした。浩介が立ち上がって動くと、余計にゴンドラが傾いてしまった。


「御免―――」


 やや慌てて腰を下ろす。


 浩介は李里佳にもたれ掛かる形になり、彼女の顔が目の前にきた。


「・・・・・」


 突然、浩介は喉の渇きを覚えた。李里佳の瞳から目が離せなくなり、硬直していた。


(―――何故僕は、こんな無様なんだろう?)


 李里佳は、浩介の様子を見て、胸にある手を下ろし、浩介の膝に手を置いた。


 小さく躊躇ためらうような咳払いのあと、


「深谷くんーーー

 私・・・深谷くんが好きよ」



 浩介の目が再びくらんだ。李里佳は女神の如く、輝いて見えた。



 李里佳の心を確かめようと、態勢を立て直したとき・・・


 まるで磁石のように、李里佳の艶めいた唇が視界にクローズアップして近付いてきた。



 唇を合わせると、永遠に続くような・・・そのまま自分の身体に、彼女そのものが入ってくるような、不思議な感覚になった・・・




(あの時―――)

 万年筆を握って片肘をつきながら、浩介は原稿用紙に目を落とした。


(李里佳は、涙を流していた。

 何故、涙の理由を聞いてやれなかったんだろう?


 無用なセンチメンタルのせいで、すれ違うしかなかった・・・)


 浩介の追憶は続いた。夜は更けて、書き机の上を照らす明かりが、小さく音を立ててちらついた。

 




【Continue】


▶Que Song

アルデバラン/玉置浩二&森山直太朗



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 また、次の記事でお会いしましょう!


🌟Iam a little noter.🌟




💠気難しい作家先生💠
〜シリーズ一覧〜


 

 合わせてお読み頂ければ幸いです!!


🌟【本編】作家先生以降のお話🌟

1.

2.

3.


🌟【前日譚】初婚のお話🌟



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