見出し画像

偉大なるから、壊れた国へ?気になるイギリスの日常あれこれ、答えます『ブロークン・ブリテンに聞け』ブレイディみかこ

 2010年代を通して厳しい緊縮財政制作を経験してきた英国の人々には、コービンの「ニュー・ディール」は栄養価が高すぎ、梅干しのほうが有難かったのである。そのため、人々は長いこと食べていないステーキを忌み嫌い、ステーキ食べたくないですかと人々に言うことは非人道的だと激怒した。そして対照的に、飢えた民衆に梅干しを当たれる道徳的な政治家としてジョンソン人気が上昇した。
 これが緊縮マインドというものである。美味なものや楽な生活、幸福な暮らしを人々が忌み嫌い、そんなものは贅沢だと憎悪し、ハピネスは入手可能と主張する者を詐欺師と避難し全力で潰したくなるマインド。夢や希望を語る人々を「カネがないときにチャラチャラすんな」と黙らせ「真面目に此の世に出世した事実を呪え」と土下座させたくなるマインド。

 「あなたがニュー・ディールですって?隔世の感にファックも出ない」『ブロークン・ブリテンに聞け』ブレイディみかこ、講談社2020年

  ブロークン・ブリテンて何?貧困や、犯罪率の悪化など社会不安が広がっていく現状をさしたイギリス保守党が2007年から2010年に使用した言葉だと英語版のWikipedia には記載されている。
 日本も不景気でいろいろと揉めておりますが、ブレクジットで沸いたイギリスもなかなか大変なのよというエッセイ。著者は『ワイルドサイドをほっつき歩け__ハマータウンのおっさんたち』(筑摩書房)や『僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)などの著作を持つブレイディみかこ。

 気楽に読めるけど、身につまされる話題がいっぱいだ。生理の貧困や、若い世代の飲酒量の減少による飲食業界への打撃、緊縮財政が招いた社会の問題など話題は幅広い。
 一方でイギリス特有のブラックユーモア、風刺を巡る考察も楽しい。あとやっぱり気になる、当事者から見てどうだったの?なブレクジットについての記述もあるのでお得感満載なのである。つ一つのエッセイが2、3ページなのも読みやすくてありがたい。
 
 新書やビジネス書のお仲間的な本は遠慮だけども、という人にも読みやすくていいだろう。居高い本ではないし、むしろ日々の生活に地続きな感じが語り口で、もっと早くにこの著者の本を読めばよかったなと後悔しているほど。
 首相も変わったし、女王陛下も亡くなったし、何かと話題にことかかないイギリス。しかし観光目的に訪れるのと、実際に生活している人の視点は当然違うわけで。
 ブレクジットに賛成をした人々とは、メディアが言うような人々では一概に纏められなかったり、移民の子どもたちにどうやって英語を教えるかで、まさかの絵文字が役立つとか。およそ日本に住んでいれば出会わない視点が新鮮だ。
 政治や社会問題にフラットに言及しつつ、切れ味鋭い語り口は、米原万里のエッセイを想起させる。

 特に印象的なのが、上記に引用した緊縮財政からの方向転換を謳ったボリス・ジョンソン元首相の制作に対してのエッセイ「あなたがニュー・ディールですって?隔世の感にファックも出ない」である。
 緊縮財政、ようは政府にはお金がないから節約しましょうってことなんだけど、それで結局損するのって庶民階級そのものなんだよね。という話。  ずーっと生きるのだけで精一杯でいる状態が続くと、政権が変わるというときに、贅沢出来るように、豊かな暮らしが出来るようにっていう話を聞くだけで不謹慎だ!って騒いでしまう。
 しんどい状態に慣れてしまって、チャンスを掴むよりは現状維持の不幸を選んでしまいがちという、何とも笑えない話だ。そんな硬直しがちな思考に活を入れるかの様に、締める作者の語り口は格好いい。

 先日、経済学者の松尾匡さんに聞いた話によれば、日本の現政権もポスト・コロナ経済の処方箋を「デジタル・ニューディール」とか呼んでいるらしい。ニュー・ディールという呼称にまでハイパー・インフレを起こさせようとするのは世界的な反ケイジアン組織の陰謀かとも思えてくるが、そうではない。与党が反緊縮派のアイディアを盗んでいるのだ。
 けれども盗人が使うのはスローガンだけなので、そんなものはいつものオールド・ディールだ。「新規まき直し」なんてほどと多く「生き延びる」だけの時代が続きそうだが、いや、誰も恨むまい。しょうがないのだ、人民が選んだのだから。いろんな国の人民が同じようなことをやっているんだから。ステーキを求めざるもの、梅干しも得ず。

同上

 同じようなことをやっている国に住んでる身としては、まさに国から梅干しもらって喜んで踊りだしそうな日々の中、どうやってタフに生きてくか。 お前さん、どうするんでぇ?と肩を叩かれてどきりとする、そんな感じ。地に足ついた隣近所の、しっかり者と話してるようなライブ感がくせになる。
 夜寝る前に寝っ転がって1つ2つと読むもよし、目次から好きな項目を拾うもよし。王室、イギリスの音楽、コメディなどカルチャーを求めて読むもよし、世間話をするつもりで軽率に手を出して欲しい一冊だ。


 


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集