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【掌編小説】寝返り

 俺は交通事故に遭い、入院した。
 手術を受け、怪我も治り、数ヶ月後に無事迎えた退院。
 以前と変わりのない生活が始まりそうではあるが、1つだけ変わったことがある。
 これを機に、俺は寝返りが打てなくなったのだ。

 入院した最初の夜、俺は自分が寝返りを打てなくなっていることに気づいた。
 浅い眠りのせいで夜中に何度か目が覚め、その度に、寝返りを打っていない体の向きを、意識して変えた。
 寝返りって無意識にやってたんだな、なんて、改めて気づかされた。
 病院のベッドが狭くて寝返りに支障がある、というわけではない。ベッドの幅は充分ある。
 マットレスに反発力がなくて体が沈み込んでしまうというわけでもない。
 体に掛ける寝具が重過ぎて邪魔になるというわけでもない。
 おそらく事故に遭ったことで、これまで無意識に寝返りを打てていた体の機能が阻害されたのだろう。
 体の状態が回復すれば元に戻るかと思われたが、退院に至るまでになっても、それは変わらなかった。
 しばらくは自宅で、不自由なく日常生活を送れるよう体を慣らして行くことになっている。
 その中で、俺はまた寝返りを打てるようになるだろうか。

 退院して家へ帰る途中、ある工事現場の横を通りかかった。
 工事は一旦中止されているようで、どういうわけか次々と車が到着し、スーツ姿や作業上着を着た男達が車から降りては、緊張した面持ちで足早に工事現場内へと向かって行った。
 事故だろうか? と思いながらも、いや、警察は来てないし、と直前の疑問を打ち消す。
 その疑問が解けたのは、帰宅してテレビのローカルニュースを見ながら一息ついている時だった。
 それによると、戦国時代にこの地域を勢力範囲にしていた武将の別邸だったと思われる場所が、工事直前の発掘調査によって判明し、そのため工事は中止になっているとのことだった。
 その武将を示す品々が色々出土したらしい。
 地域おこしに利用できるのではないか、と色めき立つ人々や、元々の建設予定だったものの代替え地が必要になる、と難しい顔で言う人など、様々な反応が流された。
 俺は、特に感慨もなくそれを眺めていた。

 夜になり、俺はベッドに横になっていた。
 少し眠った後目を覚まし、寝返りを打っていないことに気づいて、体の向きを変える。
 再びうとうととした俺は、いつの間にか宙に浮いていて、ベッドで眠っているもう一人の俺を見下ろしていた。
 ベッドで眠っている俺の枕元には別の誰かが立っていて、そいつもベッドで眠っている俺を見下ろしていた。
 そいつは傷ついた鎧を着た侍のような格好をしていた。
 やつれた顔に無精ひげを生やし虚ろな目をした中年くらいの男性。
 そいつが、ベッドで眠っている俺に向かってぼそぼそと何かを言った。
 俺は内容を聞き取ろうと意識を傾ける。
 「お前も寝返るのか」
 何のことやらよくわからない。
 それでも、戦国時代が下剋上や裏切りが日常茶飯事の時代だったのだとすると、裏切られた恨みを持つ幽霊も存在するのかもしれない、と漠然と思った。
 「お前も寝返るのか」
 再びそう言って鎧武者は、ベッドで寝ている俺に手を伸ばそうとした。
 「俺は、俺は寝返らない。寝返れないんだ」
 危機を感じて、思わず俺は鎧武者に対して声を発した。
 鎧武者は、ハッとしたように顔を上げ、初めて宙に浮いている俺に気づいた様子を見せた。
 そして、ベッドで眠っている俺を見た後、もう一度宙に浮いている俺に目をやった。
 「そうか。寝返らぬか」
 鎧武者は、満足そうにホッとした表情を見せると、すうっと消えて行った。
 一瞬意識が途切れた俺がハッとして目を開けると、ベッドに横になった状態だった。
 夢……だったのだろうか?

 その後、あの鎧武者が俺の枕元に立つことはなかった。
 あれは、何だったのだろう。
 テレビのローカルニュースの内容が記憶に残っていた俺が、そのニュースから連想した戦国武将を夢に見たのだろうか。
 それとも、発見された別邸跡から偶然通りすがりに、俺が武将の霊を連れ帰って来てしまったのだろうか。
 もし霊だったなら、満足そうにホッとした表情を見せてくれたことが、幸いだ。
 寝返りができない俺は、とっさに「寝返らない」と言ったが、もし体が元のように完全回復したとしても、もう今後寝返りはできないだろう。
 何だか、そんな気がしている。






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瑳月 友(さづき ゆう)
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