【掌編小説】紙面上の名(秋ピリカ応募作品)
届いた平たく大きめの郵便物。
僕は、開封し取り出した冊子の表紙の文字を見て、ついに来たと思いながら、ページをめくってその名を探し始めた。
母校である高校の全卒業者名簿。
卒業後すぐに実家を離れ、その後も頻繁に転居を繰り返した僕には、名簿掲載用に、現住所等の連絡先情報を届け出るよう求める葉書も届かないまま、長い年月が過ぎた。
そもそも、そんなものが存在するということさえ長い間忘れていた。
それを知らせてくれたのが、今は実家で暮らしている同校の卒業者である弟。
弟に葉書が届き、最新版である数年前の名簿には、氏名以外の情報が掲載されていないままになっているけれどいいのか? と気にかけてくれたことがきっかけだった。
掲載したくなくてあえて情報を届け出ない者もおり、それはそれで自由なのだが、そうでないのなら……と思ったらしい。
単に、届け出を求める葉書さえ届かないくらいに所在不明になっているだけで、他意はないことを告げると、弟は僕に代わって情報を事務所に送ってくれた。
事務所から僕宛てに改めて確認する葉書が届き、了承の返信をして数ヶ月後、今に至る。
僕は名簿上長く所在不明だったわけで、僕を知る人はそれをどう思っていただろう、という思いが過る。
高校時代、そして卒業後も7年くらいは交流があった友人達。
その7年の間には色んなことがあった。
友人という間柄から恋人に発展した女性も。
僕にとって初めての恋人だった彼女。
しかし、その付き合いは半年間で終わった。
恋愛慣れしていなかった僕には、上手い付き合い方というものがわかっていなかったのだ。人間的にも未熟だった。
彼女は自身に告白して来た会社の同僚を次の相手に選び、僕に恋人関係の終了を告げた。
彼女との交流を完全に絶ってしまいたくはなかった僕は、彼女の新しい恋人とも友人になった。せめて3人で友達でいられたら……などと思っていたのだ。
しかし、現実はそんな甘いものではなく、仲睦まじい2人の様子を目にして穏やかではいられないことを痛感した僕は、2人から距離を置いた。
その後、2人から連名で結婚式の招待状も届いたが、欠席の返信をして以降、交流は絶えている。
あれからもう30年が過ぎた。
当時の痛みはなく、もはや彼女に対して持っているのは、遠い青春の日々を共にした思い出の人、という感覚だ。
彼女は、どう思っているだろう。
卒業者名簿ということもあって、触れてめくる度に感じる紙の感触も味わい深い。
そして幾らかのページをめくったその紙面上に、僕の氏名と現住所が掲載されていた。
その10数人分下の行には、結婚した相手の姓と彼女の名も。彼女の実家ではない僕の知らない住所と共に。
懐かしく穏やかな気持ちが広がって行く。
元気でやっているかな……。
その紙面上の名に触れながら、僕はようやく微かなささくれが自分の一部になったのを感じていた。
(上記1200文字)
参加させていただきます。
よろしくお願いいたします。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
よかったら「スキ」→「フォロー」していただけると嬉しいです。
コメントにて感想をいただけたらとても喜びます。