No.34所感=^_^= 凌ぐ 広がる 心に届く~歓送迎会でのこと(ホワイトな学校へ 号外)
先日、前職の学校の歓送迎会が行われた。
なんと、4年ぶり。
私の退職の年に肖れるとは、心がけがいいのか?
冗談はさておき、おいしい食事をいただきながら、皆さんとお話ができて、本当に楽しいひと時だった。
その中で、特に嬉しかった、では足りない、感動したことが3つ。
凌ぐ
今年度の人事は、前任者が決めるのが習わしである。
一番頭を悩ませたのが、新6年。
昨年度、最初のボタンの掛け違えが尾を引き、担任の先生には苦労をかけてしまった。
こういう場合は、持ち上がらせるわけにはいかない。
担任を代えることで、子供たちにとっても気持ちを入れかえるきっかけになる。
私は、この学級をF先生に託した。
彼女なら、何とかしてくれる、という期待と、何とかしてほしい、という願いを込めて。
4月以降、私は、Y先生から、時々様子を聞いていた。
最初の2か月、さすがのF先生であっても、関係性が構築できずに、相当苦労したようだ。
私は、歓送迎会の終盤に、F先生にお詫びに行った。
「辞めようかと思いましたよ。」
と、F先生。
でも、Y先生曰く、さすがF先生、ここにきて、しっかりと心をつかんで、子供たちが変わってきましたよ。と。
F先生は、
「いや全然!私、9月からいないかもしれませんよ。」
私はF先生に、そんなこと言わずに、やる気がある子たちのために、がんばってほしいと言ったのだが、そんな心配は無用だった。
F「これまでの、やり方は全部変えて、全く違う方法を試しています。」
え、さすが、すごい!
ベテランになってくると、自分のやり方に固執しがちだが、この柔軟性こそがF先生の強みなのだ。
そして、
F「やる気のある子たちが損をしないように、それだけは心がけています。」
素晴らしい!
私が見込んだだけある。
F先生の言葉に、感動を禁じ得なかった。
これからも大変なことはあると思うが、F先生には、ぜひ、凌いでほしい。
広がる
⭐小の先生方の間では、⭐小のやり方に慣れてしまうと、他の学校に異動したときに大変だよ、と、話題になっているらしい。
この4月に他地区に異動した、FS先生は、歓送迎会の席で、
「その通りでした。8㎏痩せました。」
と言っていた。
とにかく会議が長い。
どうでもいい会議が多い。
休憩時間なんて意識はなく、平気で会議が組まれている。
突然会議が行われることもある。
担当者が、去年の企画をそのまま持ってきて、どうしましょうかから始まる。
これじゃあ、時間ばかりかかりますよね。
パソコンが一人2台もあるのに、会議資料は全部プリントして配る。
職員50人分ですよ。
時間も、お金も無駄ですよね。
校長の気分で、予定がころころ変わる。
これって、一番やってはいけないことですよね。
(まだあるけど、略・・・)
3年我慢して見切りをつけて、異動してしまうこともできる。
FS先生曰く、
数年前に⭐小から別の地区に異動したK先生とも話しているが、それなりの立場になれば、学校を変えていくことができると思う。
自分たちは、N=^_^=kotyoさんが⭐小に来て、改革していくところを見てきた。
だから、自分たちにもできると思う。
実際、この数か月でも、自分の意見に賛同してついてきてくれる先生方もいる。
K先生は、主幹試験を受け、中心的な立場になって、学校を変えていくと言っている。
自分もやろうと思います。
う、嬉しい( ;∀;)
感動…。
子供のことで大変なのは、教員としての本来業務であるから致し方ない。
しかし、変えようと思えばどうにでもなる仕組み的なことで、教員の負担を強いることがあってはならない。
学校は、変えることができる。
私のやり方を見てきた先生方が、それぞれ異動した先で、少しずつでも実践していく。
それが、広がり、ホワイトな学校が増えていく。
ぜひ、皆さんの力で、働きやすい学校に変えていってほしい。
そういう学校を、どんどん増やしてほしい。
心に届く
会がお開きになって帰ろうとしたところ、T先生が追いかけてきた。
皆さんの前では話しにくかったので遅くなったが、ぜひ、直接伝えたかったという。
N=^_^=先生、覚えていますか?
最終日、私がわけわからないこと聞きに行ったら、私の気持ちを察して、N=^_^=先生が私に言ってくれたこと。
私は、N=^_^=先生の、その言葉で救われたんです。
実は、担任発表の後、何日も眠れなくなって、何でここで教員を辞めなかったんだろうって、思い詰めてたんですよ。
でも、N=^_^=先生の言葉で、頭や肩に乗っかっていたものが、本当にふーっとなくなったんですよ。
うまく、言えないけど、そういうことってあるんですね。
こうして教員を続けていられるのは、N=^_^=先生のおかげです。
ありがとうございました。
私は、彼女にどんな言葉をかけたのか、暫く思い出せなかった。
以前「先生の言葉は重い」と書いたことがあるが、言われた方はよく覚えているが、言った方は忘れてしまう。
駅までの道すがら、T先生と話していて、だんだん思い出してきた。
T先生は、昨年度、数年振りに育休から復帰した。
育休明けを経験した方ならよくわかると思うが、育休前と後では、全く勝手が違う。
ただでさえ保育園の送り迎えなどで仕事の時間が限られるのに、我が子は親の都合なんかお構いなしに、病気になる。
家でも学校でも、毎日時間との闘い。
そのストレスたるや、男性の比ではない。
そして、彼女は力のある教員だ。
傍から見れば、十分な授業でも、T先生としては、自分にはもっとできるはず、という思いがあったのだろう。
久しぶりの担任、我が子の不調、クラス内での予想だにしない化学反応で、彼女としては、大変不甲斐ない1年だったのだと思う。
こんなはずではない、私ともあろうものが、なぜ?なぜ?
思うように学級経営ができず、すぺてが中途半端なまま、他の先生に自分の学級を託さねばならないことは、彼女のプライドを深く傷つけたのだろう。
そんな、彼女に私がかけた言葉は、ここでは詳しくは言えないが、
「T先生としては、このまま渡すのはモヤモヤするだろうけど、一切気にする必要はないから。
だって、✖✖ピー(核心)✖✖だから。
だから、引け目を感じる必要は全くないよ。」
核心の部分はあまりにも個人的なことなのでここには書けないが、私がT先生を担任からはずしたのは、T先生が原因ではないという事実を伝えたのだった。
それが、T先生の心に、すとんと落ちたのだろう。
人事というのは、本来秘密裏に行うものであるが、納得いかない人や悩める人には、時には、ギリギリの線まで伝える必要があると思う。
綱渡りだったな、と思う。
私は、T先生がそこまで思い詰めているとは思わなかった。
人に何かを伝える時は、吉と出るか凶と出るか、いつも賭けだ。
今回は、私の一言が心に届き、優秀な先生を失わずにすんだわけだ。
わざわざ追いかけてきて話してくれたことに、心が震えた。
積み上げる
大げさに思われるかもしれないが、私は、この歓送迎会での三つの出来事を思い返すと、数日たった今でも複雑な感情が交錯する。
嬉しさ、というか、達成感に近い感動が心に満ちる。
kyotoとして、私は、やり切った。思い残すことはない。
だから、こうしてnoteに記録しておこうと思った。
子供たちのため、引いては先生方のために成してきた小さなことの数々が、大きな感動とともに自分に返ってきた感じがする。
これからも、違った立場ではあるが、ホワイトな学校を増やすために、また、自分にできる小さなことを、一つ一つ積み上げていこうと思う。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました=^_^=