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【培養土の袋】(ショートショート)
「あの、ちょっといいですか?」
人生ってなんでこんなにつまらないんだろう。
そんなことを考えながら、橋の上からぼんやりと河原を眺めていたら、知らない男の人に声をかけられた。
ナンパだろうか?
めんどくさいな。
「なんでしょうか?」
私は、できるだけ不愉快そうな声を出して応じた。
「俺のこと、覚えてますか?」
そう言われて、声をかけて来た相手をまじまじと観察する。
ゆるくパーマをかけたやや長めの髪を真ん中で分けた、なかなかのイケメン。
年は二十歳前後だろうか?
見た感じでは遊び慣れた風ではないが、もしかしたらそう装っているだけかもしれない。
なんにしても、少なくとも私にはこんな若くてイケメンの知り合いはいない。
「いえ、知りませんけど。
人違いじゃないですか?」
私の返事を聞いて、少しだけ悲しそうな表情を見せた後、その彼は言った。
「三年前も、この河原にいませんでしたか?
河原で石を拾ってらした時に少しだけお話して、一緒に水切りをしたんですけど・・・・・・覚えて・・・・・・ませんかね。」
その言葉を聞いて、私の脳裏に三年前の出来事が一気に蘇って来た。
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袋の底が破れ、拾い集めた石がバラバラと河原に落ちていく。
サイズは少し大きかったが、土が入っていただけあって丈夫さは及第点だろうということで使っていた培養土の袋。
見ると、底の部分が真一文字にスッパリと破れてしまっている。
やってしまった。
絶望感に打ちひしがれそうになるが、せっかく時間をかけて集めた石をこんなところに置いていくわけには行かないと、なんとか自分を鼓舞する。
そして、散らばった石を、関係ない石と選り分けて拾い集めるために、その場にしゃがみこんだ。
いつか、ドイツの水切り大会に出てみたい。
つい先日迎えたばかりの25歳の誕生日に抱いた淡い願望は、今のところまだ誰にも言っていない。
それどころか、周囲には水切りを始めたことも内緒にしている。
それを知った誰かにバカにされたりするのが嫌だから。
バカにされなくとも、何か言われるのが恥ずかしいから。
河原で一人こっそりと石を集め、お気に入りの場所に移動して、そこで、水切りの練習を重ねている。
なぜドイツなのかといえば、その理由は笑ってしまうほど単純だ。
先日たまたま見かけたネットニュースで、その大会についての記事を読んだのだ。
大会の賞品に、日本の米袋を使って作られたと言う水切り石バッグが採用されたというもので、大会には、製作した会社の男性が唯一の日本人として参加したということが書かれていた。
調べてみると、水切りの大会は日本でも行われているようだったが、私はなぜだかその大会にとても惹かれてしまった。
ニュースに出ていた水切り石バッグも気になってはいたが、まだ購入するには至っていない。
「あの、大丈夫ですか?」
突然頭の上から声が降ってきて、驚きで体がはね上がった。
恐る恐る声のする方を見ると、坊主頭の高校生が立っていた。
「あ、はい、えっと、あの、大丈夫・・・・・・です。」
赤の他人に、私の大切な秘密を知られてしまう。
焦って言葉が満足に出てこなかった。
「その石・・・・・・」
私は慌てて予備のビニール袋に石を詰め込む。
「もしかして、水切りですか?」
終わった。
絶対変な人だと思われてる。
あまりの絶望で、目に涙が滲んできた。
そんな私には気づかず、彼は続けた。
「俺も水切り好きです。
野球部なんで、あ、違うな、元野球部なんで、結構跳ばせますよ。」
水切りが、好き?
思いがけない言葉に、こっそりと涙を拭ってから顔を上げる。
無邪気で眩しい笑顔が私を見下ろしていた。
調子を狂わされたまま、その後しばらく私は彼と会話を続け、なぜか最終的に彼と一緒に水切りをひとしきり楽しんでから別れた。
誰にも話すつもりがなかったドイツに行きたいと言う願望の話まで、なぜか勢いで話してしまったのを覚えている。
破れた培養土の袋をその場に置いて来てしまったことに気がついたのは、家に帰ってきてからだった。
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「え?あの時のって、もしかして、あの坊主頭の高校生?」
驚きでつい大きな声が出てしまった。
「はい、その坊主頭です。
今じゃこんなですけどね。」
彼は、パーマの髪の毛をつまみながら、笑顔になって言った。
私もつられてクスリと笑う。
「覚えてる。
野球辞めたばっかりの時だったんだっけ?
あれから、どうしたらこうなったの?」
さっきまでめんどくさいと思っていたはずなのに、彼のあまりの変わりぶりに興味が湧いて来てしまった。
彼は、私の横まで来て、私と同じように欄干に手をかけて川を眺めながら言った。
「あれから俺も水切りを始めたんです。
結構上手になったんですよ。
今は大学生やってます。
野球はあれからすっぱり辞めちゃいましたけど、打ち込めるものが見つかって良かったです。
お姉さんは、まだ続けてるんですか?」
私は、首を振った。
「もう、辞めちゃったんだよね。
ドイツにも行きたかったんだけど、あの後すぐ会社が潰れちゃってさ。
仕事探さなきゃダメになって断念したの。
それから新しく仕事もやったりしたんだけど、なかなか長続きしなくって。
人生、なかなかうまくいかないもんだよねぇ。」
後腐れのない他人相手だからなのか、あれやこれやと愚痴が口をついて出てくる。
「なんか、人生に疲れちゃってさ。
結局私ってなんのために生きてるのかなぁって。
仕事だけじゃなくて、恋愛もうまくいかないし、生きてる意味あるのかなぁって、ちょっとたそがれてたとこ。」
いくら後腐れがないとはいえ、ちょっと話が重くなりすぎたかもしれない。
まあ別に彼に引かれたら引かれたでかまわないのだが。
彼は私の話を聞くと、意外そうな顔をして言った。
「なんか、やっぱ3年も経つと雰囲気変わりますね。
お姉さんは見た目はあんまり変わってないけど、中身が変わった感じがします。」
それはそうだろう。
なにしろ私は今、人生をあきらめようと思っていたところなのだから。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼は私に笑顔を向け、それから言った。
「お姉さん、生きてる意味、ありますよ。」
何を言っているんだろう?
一度会ってそれっきりの彼に、私の何が分かるというのだ。
そう言おうとしたが、彼の言葉の方が早かった。
「俺、あの日、お姉さんの言葉に救われたんです。」
私の言葉?
記憶を辿るが、何を言ったのかあまりよく覚えていない。
「私、何か言ったっけ?」
彼は、「やっぱり覚えてないか。」と呟いてから、話し始めた。
「あの日お姉さん、野球を辞めたばっかりで落ち込んでた俺に言ってくれたんですよ。
『何にもない私だけど、生きてるよ。なんだったら世界を目指してる。今はちょっと先が見えなくてキツイかもしれないけど、君にもきっと何か見つかると思うよ。』って。
それで、『なんだったら水切り、初めてみたら?野球やってたんなら素質あるかもよ。一緒にドイツ、目指しちゃう?』なんて、冗談めかして言ってくれて、それで俺、肩の力が抜けたっていうか、気が楽になったっていうか・・・・・・。
野球しかやってこなかったけど、他のことやったっていいんだって、他のことも好きになっていいんだって、気づけたんです。」
私、そんなこと言ったっけ?
全然覚えていない。
必死で記憶を辿る私をよそに、彼は続ける。
「お姉さんの言葉が無かったら、俺には今でも何も無かったかもしれない。
お姉さんの言葉が、存在が、俺を変えてくれたんですよ。
そういうのは、生きてる意味があるってことにはならないですかね?」
「私が、あなたを変えた?」
「そうです。
俺の心に一石を投じてくれたんです。」
そこまで言って、さらに何か言おうとしてから、彼は急にハッとした表情になり、彼は顔を真っ赤にして俯いた。
「やべっ・・・・・・」
ん?今のってもしかして・・・・・・。
私が口を開きかけると、彼は真っ赤な顔のまま慌てたように言った。
「違いますよ!
石に絡めて上手いこと言ってるわけでも冗談言ってるわけでもないですからね。
俺は真面目な話をしています。
人ってきっと、気づかないところでそうやって影響を与え合って生きてるんだと思うんです。
例えば・・・・・・」
彼は相変わらず赤い顔のまま、しばらく考えるような間を置いてから、話を続けた。
「極端な話、俺らがここでこうやって話してるのを見て、『ああ、あんな感じのカップルになりたいな』って思って、思い切って好きな子に告白しにいく男の子がいるかもしれません。
あ、カップルっていうのはもちろん例えの話ですよ。
で、そういう出来事だって、俺らがいなければあり得ない話なわけで、それだけでも生きてる価値があるって言うか、生きてるだけで誰かと影響を与え合っているって言うか、なんか上手くいえませんけど、とにかく、生きてるって、ただそれだけで素晴らしいことだと思うんですよ。」
彼はそこまで一気に言って、ようやく一息ついた。
面白い子だ。
私は思わず「ふふっ。」と笑ってしまった。
そんな私を見て、彼は続けた。
「お姉さん、ドイツ、行きましょう。
俺と一緒にドイツ目指しましょう。
参加するのに資格とか要らないみたいですし、頑張ってお金貯めてドイツ行って、日本人の水切り魂、見せてやりましょう!」
仕事が無くなって、水切りどころじゃなくなって、今まで死に物狂いで生きて来た。
でも、彼は逆に、今だからこそ水切りをしようと言う。
真っ暗闇に一筋の光が差し込むように、その言葉は私の足元をまっすぐに照らし出したような気がした。
「ドイツか・・・・・・。
もう一回、目指してみてもいいかな。」
「ええ、やりましょう。
それがいいです。」
そう言って彼は、手に持った茶色いバッグを私の方に差し出した。
「そしたらさっそく、練習して行きますか?」
あの日と同じ、無邪気な笑顔。
あれ?
米袋の底を切ったような、平べったくて不思議な形をしたバッグ。
全く気が付いていなかったが、これはあの水切り石専用バッグではないか。
中を覗くと、平べったい、水切り用の石がいくつか入っていた。
「このバッグって・・・・・・」
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私が言うと、彼は嬉しそうに話し出した。
「これ、水切り石用のバッグなんですよ。
すごくないですか?
専用品ですよ。
広島にある会社が作ってて、そこで注文して購入したんです。
米袋でできてるんですけど、丈夫でめちゃくちゃいいんですよ。」
「やっぱり、そうだよね。
私もネットで見たことある。」
私は、そのバッグを見ながら、彼と初めて出会った時に破れてしまった培養土の袋のことを思い出していた。
ああいうことが起こらないバッグということなのだろう。
「ちょっと借りていい?」
私は、バッグを彼から借り、持ってみた。
デザインも色味も私好みの、素敵なバッグだ。
うん、やっぱりいい。
とてもいい。
「水切り、ちょっとだけ、やって行こうかな。」
自然と言葉がこぼれ落ちた。
仕事は無い。
彼氏もいない。
でも、水切りはできる。
バッグを返し、彼について河原に向かって歩きだす。
彼がいなかったら私は今頃どうしていたのだろう?
3年前、私がいなかったら彼はどうなっていたのだろう?
もしかして、今回のことのように、私自身も気づかないうちに他の人に影響を与えているということは、実は当たり前のようにあることのかもそれない。
考えてみれば、私だって色んなところで誰かの影響を受けている。
目標に向かって頑張る姿は、結果の成否に関わらず、それを見る人たちにに勇気を与え、誰かの日常に変化をもたらすかもしれない。
目の前を歩く人がゴミを拾っているのを見て、同じようにゴミ拾いを始めてみようと思う人がいるかもしれない。
本人たちが意図して何か影響を与えようと思ったわけでなくとも、そういうことは確かにあるのだ。
「人生って、面白い。」
私は思わず呟く。
彼は立ち止まり、私の方を振り向いた。
「え?何か言いました?」
「ううん、なんでも無い。」
私はそう言うと、振り向いたままの彼の横をすり抜け、バッグの中から石を一つ取った。
そして、そのまま水際まで走り、思い切り石を投げた。
三年ぶりに投げた石は、少しだけ、けれど思ったよりはたくさん跳ね、あらぬ方向に曲がって行き、水に沈んで見えなくなった。
私の人生も、あの石のようにあらぬ方向に曲がっていくのだろうか?
あっという間に沈んでしまうのだろうか?
人生は何が起こるかわからない。
でも、なんだか今は、それならそれでいいと思えた。
変化も何もかも全部ひっくるめて、全力で楽しんで生きてみようと思えた。
【水切りのドイツ大会に出る。】
今日、私の人生に新たな目標ができた。
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最後までお付き合いいただきありがとうございます。
続編公開しました。
実はこの物語に出てくるバッグとそしてドイツに行った男性は、実在しています。
片岡商店さんのバッグとその五代目さんです。
広島 米袋 水切り と検索するとそのエピソードについても見つけることができると思います。
Instagramはこちら。
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次回は小説ではなく、そんな彼との知り合い、この物語が生まれることになったきっかけについて書いてみたいと思います。
よろしければぜひお読みください。
この物語が10倍くらい面白くなると思います。
乞うご期待。
ゴミを拾って短編小説を書く。
SNS上(主にInstagram)で、そんな創作活動を2024年の2月から続けています。
もっと正確にいうと、ゴミ拾いをして、そこで拾ったゴミから妄想を広げて短編小説を書くという活動です。
決まり事は二つ。
「『そのゴミは、悪意を持って捨てられたものではないかもしれない』というところから妄想を広げること」
「読んだ後に、読んだ人の中に何かしらの良い感情が芽生えるようなストーリーを考えること」
せっかくなのでnoteにもあげていってみようと思います。
よろしければぜひお付き合いください。
Kindleにて電子書籍も出版しています。
短編小説集です。
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