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打ち手は場合を分けて決める──『戦略ごっこ』読書感想文(2)
かなりボリュームがあり、かつ学びのある内容だったので、部ごとに記事を3回に分けて紹介します。今回は第2部の「WHAT以前の問題」。
今回取り上げるの章の主題は下記の通り
従来のマーケティングでは、WHAT(どのような価値を提供するのか)を考える前提として「差別化」の重要性が説かれてきました。しかし、消費者は本当にブランドの差を認識して選んでいるのでしょうか。
〜中略〜
「誰に対するどんな差別化が、事業にどのような成長をもたらすのか」をきちんと理解して、自社ブランドが置かれた状況やゴールに合った差別化を考えることが大切です。
差別化は必要条件だが十分条件ではない
マーケティングでは、必ず出てくる「差別化」。
でも消費者サイドの視点で、本当に重視されているのか。
もしマーケターの思惑通りブランドが差別化されており、その差別化が理由となって購買動機が生まれるのなら、競合ブランド間で顧客構成にずいぶん違いが出るはずだが、競合するブランド間の顧客プロファイルはほとんど同じになる。
このようなエビデンスから、差別化はマーケティング界隈に認識されるほどにはブランド成長には寄与しないと著者はいう。
マーケティングは、サービスやプロダクトを購買につなげる行為だが、サービスやプロダクトは一朝一夕で劇的な進化を遂げないし、そうそう他に追随を許さないようなメリットを訴求できるものが生まれるわけでもない。
実際に使っている人しか実感できないようなわずかな差を競うしかないシチュエーションが大半といえる中で、新規獲得のために何を差別化するというのか、というわけだ。
もちろん場合によっては差別化が有効な時もある。
機能や流通、価格のような物理面が大きく異なる場合や、すでに高い行動ロイヤルティが確立されている属性だ。
しかし、イメージのような知覚面・心理面で差別化するのは、あまり意味がない上にミスリーディングだと著者は注意喚起する。
だから結局、差別化が有効か否かではなく、「場合分け」が必要なのだ。
一生懸命イメージから差別化のストーリーを検討しても「消費者の中で最初に知覚されるのはブランドではなくオケージョンである」と現実は示している。
差別化というものは、意図的に行うものではなく自然に表出する結果なのではないかと。
ここは非常に共感するポイントだった。
価格設定の差別化
値付けの本質とは何か。本書では下記の通りに書かれている。
値段をつけられる価値を見つけ出し、価値に見合った値段をつける
消費者のWTP(支払意志額)がどこで変わるのかの見極めが重要になってくる。その判断に必要なのが、価格弾力性の考え方だという。
例えば、代替が効かない生活必需品の場合や製品の独自性が突出している場合、価格を上げても大きく需要は変わらないので価格弾力性は小さくなる。
逆に、嗜好品など他ブランドでも代替が効くものに関しては、価格弾力性は大きくなる。
では、消費者の価格に対する感度は「何に対して」「どのような時に」変化するのか。
ここでも重要になってくるのはやはり文脈やオケージョンだという。
雨の日のビニール傘の価格が晴れの日よりも多少高く設定されていても、
24時間営業のコンビニが他の店舗より高い価格設定をしていても、
ホテルやアミューズメント施設に休日料金があっても。
“必要”であれば、私たちは払う。
だから消費者の文脈やオケージョンを正しく把握することが大事なのだ。
ブランドの「ターゲット層」において、いつ、どのようなときに弾力性が低くなるのかという「オケージョン」を知り、その際どのような「商品属性」が価値になるのかという組み合わせにたどり着くことが大切です。
新商品マーケティングの新定石
本書に掲載されるCooper et al.(2004)の研究では、新商品開発プロジェクトの成否を分ける要因が報告されている。
これによると、成功グループには人と金と時間がしっかり投資されている一方で、失敗グループにはそれが大きく欠けているという特徴があるという。
失敗は商品のポテンシャルの問題もあると思うが、その後のマーケティング施策も無関係ではないということだ。
「ポテンシャルのある商品なら勝手に自走してくれる」と考えず、ローンチ直後で見切りをつけず発売3ヶ月〜1年以内の投資を重視し、それ以降も継続的なマーケティング支援が必要だという。
ただし、「新商品が本当に必要なのか」という視点は常に持っておく必要があるという。スーパー等に並ぶ消費財などは特に、消費者は認知でなく想起で購入する傾向にある。ということは、現在のシェアを維持すればそれが現物陳列という広告になるということでもある。新商品へコストや棚を割くあまりに、そこが疎かになることに対し、どこまでトレードオフを許容するのか。
限られた予算の中で、そもそものところをきちんと考えておく必要がある。
そして「企業が大切にすべきは、常に主力商品であること」を忘れないようにすること。
感想
第一部に続き、「あーたしかに……」と思わされることばかりだった。
価格を下げたら一時的に売り上げが伸びるけど、いつもセールされている商品っていう認知がつくとブランドの価値自体が下がっていくことにつながるとか。
じゃあ価格を上げるためにプレミアム化すればいいじゃん!っていうのも、そんなに簡単にできたら苦労はしませんよって現実的でなさすぎるし。
感覚値的にはダメだと理解している打ち手も、実際直面したら「やっぱこれで……」と安易な道を選んでしまいそうな。
この本で著者が一貫して言っていることに、感覚値やイメージではなく「エビデンスから、次の打ち手の方針を決めること」というのがある。この意見には両手を挙げて賛成する。
しかし、エビデンスというのは今までの傾向なので、それを未来に適用していくには結局人の直感がものをいう部分もあるのは事実だと思う。
エビデンスを踏まえて、なるべく正しい前提に基づき、知見を持つメンバーの建設的で発展的な議論のもとで最適な方針を決めるのが一番良いのだと思う。けれど、その最善の努力の結果が吉と出るか凶と出るかは誰にもわからない。
そういう意味で、マーケティングとはやはり水物だなと思ってしまう部分も少なからずある。
そんなこと言ったら元も子もないんだけどさ。