アナログ派の愉しみ/本◎スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ著『戦争は女の顔をしていない』

どうして笑わないのさ?
泣いているのかい?


現在、ロシアの侵攻に対してウクライナが戦闘を繰り広げる最前線で、複数の女性スナイパー(狙撃手)が活躍しているとの報道に接したとき、わたしは咄嗟に、スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチの『戦争は女の顔をしていない』(1984~2013年)を思い起こした。ウクライナに生まれ、ベラルーシで育った女性ジャーナリストが、ソ連の大祖国戦争(ナチス・ドイツとその同盟国との戦い)に参加した元女性兵士たちへのインタヴューをまとめたものだが、そこには医師・看護師や通信員といった立場ばかりでなく、直接武器を手に取った戦闘員たちも含まれていたからだ。

 
人類の最大の愚行、戦争とじかに相対した経験は彼女たちに何をもたらしたのか? 当局の厳しい言論検閲をかろうじて潜り抜けることができた範囲においても、訴えかけてくるものはあまりにも大きい。そのなかから、とくにわたしの心底に深く刻みつけられた証言をピックアップしてみたい。まず、ワレンチーナ・パーヴロヴナ・チュダーエワ、経歴は軍曹(高射砲指揮官)。シベリア出身で中学を卒業後、赤軍に入って高射砲部隊の通信兵に配属されたところに、「スターリン師団」にいた父親の戦死の報が届いて、みずから指揮官となることを志願したという。三浦みどり訳。

 
「こんなこと分かる? 私の気持ちを分かってほしいんだよ。憎しみもなしに銃を撃つことなんかできないさ。これは戦争なんだ、狩りじゃない。政治教育の時にイリヤ・エレンブルグの『奴を殺せ!』という記事を聞かされたことを憶えている。ドイツ人というドイツ人は片端から殺せ。有名な記事で当時誰もが読んでいた。暗記したものさ。この記事には深く感動した。戦争の間中いつもバッグに入れて、これと父の戦死公報を持ち歩いていた。撃て! 撃て! 私は仇をとるんだ……〔中略〕壮絶な戦闘が繰り広げられていた。春でヴォルガ川の氷が溶けて流れ出した。何を見たと思う? 氷が流れてきて、そこに二、三人のドイツ兵と一人のロシア兵がつかみ合ったままの格好で凍り付いていた。氷は血に染まって真っ赤。母なるヴォルガ川が赤い色だった……」

 
ローラ・アフメートワ、二等兵(射撃手)は、インタヴュアーの単刀直入の質問に対してこう答えた。

 
「戦争で一番恐ろしいのは何かって? あたしの答えを待ってるの?〔中略〕戦争で一番恐ろしかったのは、男物のパンツをはいていることだよ。これはいやだった。これがあたしには……うまく言えないけど……第一とてもみっともない……。祖国のために死んでもいい覚悟で戦地にいて、はいているのは男物のパンツなんだよ。こっけいなかっこしてるなんて、ばかげてるよ。間がぬけてて。〔中略〕どうして笑わないのさ? 泣いているのかい? どうして?」

 
クラヴヂア・S(匿名)、狙撃兵は、戦争が終わった翌年に工場のエンジニアと恋愛結婚して、幸せな生活を送りはじめた。だが、やがて生まれた上の息子は優秀な出来だったものの、下の娘はいつまでも口が利けずに精神病院へ入り、年金生活の40年間、毎日そこに通いつづけているという。

 
「私は罰を受けている……でもどうして? もしかして、人を殺したから? 時々そんなふうに思います。年をとると、昔より時間がたくさんあって……あれこれ考えてしまう。自分の十字架を背負って行くんです。毎朝、ひざまずいて、窓の外を眺める。みんなのことをお願いするの。すべてを。夫を恨んではいないわ。許しました。彼のために祈ります。責めません。私が女の子を産んだ時、彼はしげしげと眺めて、すこし一緒にいたんだけど、非難の言葉を残して出て行ったんです。『まともな女なら戦争なんか行かないさ。銃撃を覚えるだって? だからまともな赤ん坊を産めないんだ』私は彼のために祈るの」

 
苛烈な言葉の数々はわたしの口を噤ませる。周知のとおり、スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチはこうしたオーラル・ヒストリーの活動によって、2015年にジャーナリストとして初のノーベル文学賞を授与された。最後に、かつての大祖国戦争では同胞だった国同士が、70年あまりの歳月を経たいま、仇敵となって終わりの見えない戦火を交えている状況下で、BBCニュース(オルガ・マルチェフスカ記者、2023年8月9日)が伝えたウクライナの女性スナイパーの言葉もつけ加えておこう。戦争は女の顔をしていない? 果たしてそうだろうか。エフゲニヤ・エメラルド、狙撃手、生後3カ月の娘の母親。

 
「撃つかどうか、たとえ男ならためらうようなところでも、女は絶対にそんなことはしない。だからこそ、出産するのは男ではなく女なのかもしれない」
 

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