ボクの反転術式
入社一年目の僕の教育係だったMさんは、
いわゆる頭脳明晰、容姿端麗な人で、
そして、何よりもいつも飄々としたその様子から
僕の中では、まさに呪術廻戦の
五條悟みたいな人だった。
その彼から久しぶりに会社のメールで、
「生きてる?」
というタイトルのメールが送られてきたのがつい二日前の話。
僕はこの春に地方に異動になった彼が今だに僕のことを忘れずに気にかけてくれてることが単純に嬉しかった。
だから、その時点で、舌を出してシッポを振っているトイプードルみたいな心境だったのだけど、そのメールに書かれている内容を読んだ結果、その興奮はさらに加速し、
じょっわ〜!
とほとんどうれションしかねない状態に達してしまった。
というのも、そこには
まだまだ構想段階だけど、という前置きの後に、
来年、某有名大学の特別講義の講師を僕にお願いするかも
という趣旨のことが書かれていたからだ。
興奮を抑えきれない僕は、そのメールに対して、即効で「まだ生きてますよ」と自分の安否を伝えると同時に、そのオファーに対して「早速、上司に許可をもらえるように相談してみますね」と返したのだった。
そしたら、ほどなくして彼から
「まだ時期尚早。そーゆとこだからな!」
というまさに釘刺し野薔薇な返信が返ってきて、僕は思わず苦笑いしてしまった。
「うん、そーゆーとこだよな(笑)」と僕も思ったからだ。
確かにかつてそのMさんから承認欲求の鬼と呼ばれ、かつ、学歴コンプレックスの塊でもある僕は、僕が日本でちゃんとした大学だと考える数少ない大学の学生さんに自分の知識を教えられる可能性がにわかに出てきたことが嬉しすぎて、また先走ってしまいそうになっていたからだ。
この手の話はよほど慎重にやらないと簡単に握り潰される会社だってことはもう嫌というほど味わってきたはずなのにね。
でも、一方で、この話が実現しようが実現しまいが(もちろん実現したら、最高に面白い講義をする自信はあるけど)、もう充分だって満足している自分にも気づいていた。
だって、あの五條悟から頼りにされたのだから。
まあ、そんな自分のことはさておき、このやり取りをきっかけに僕は改めてMさんのことを考えていた。
本当に恐ろしいほど頭がキレるMさんにとってこの会社は、ほとんど絶望と同義な存在だったのだと思う。
だから、本物の五條悟はあの最強のライバル宿儺と激戦を繰り広げた末、非業の死を遂げるけど、それとは対照的に、当社の五條悟は、出向という選択肢をとることで、自ら戦いの舞台から去っていった。
「自分だけ強くても駄目らしいよ」
「俺が救えるのは他人に救われる準備がある奴だけだ」
とMさんが思っていたかどうかは定かじゃないけど、いつも涼しい顔をしながらその鋭利な発言でみんなをタジタジにさせていた彼がときおり見せていたどこかさみしそうなまなざしは、確かにこの台詞を呟いたときの五條悟のそれと同じだった。
まあ理由はどうあれ五條悟不在の中でどげんかせんといかん状況は、漫画でも僕のリアルワールドでも同様という訳だ。
しかし、先日、自分のものの見方次第で世界が180度変わる、いう
反転術式
を身に着けたばかりの僕の顔にはなぜか笑みが浮かんでいる。
せいぜい見た目も能力も五條悟に秒でフルボッコされたジョウゴ程度な僕なのに、さっきからずっと震えが止まらない。
「こんなふうに絶望的な状況だからこそ、逆にめちゃくちゃ気分がアガるよね」
そう僕は今、武者震いしている。
何も漫画だけの話じゃない。
きっと僕(ら)の人生のクライマックスも
これから
なのだ。