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【ひといき小説其の三】公園のロビンフッド
冬の夜は早い。平日16時過ぎ、ロビンフッドは緑のダウンジャケットを揺らしていた。
辺りではボール遊びをする学生や、公園の縁を散歩する人たちがいるなかで、ロビンフッドただ一人はコンビニで買ったビールを片手にベンチに座った。
「うぃぃし」
ロング缶のビールの蓋を開けて、ロビンフッドは空を仰いだ。
もう一日は終わるのか───。
彼方では明るい空。彼方では暗い空が首を傾げばそこにある。
心はどこか胡乱に、だが握りこぶし程度にパラパラと存在する善意という一欠片が、時々子供たちから流れてくるボールを拾いあげて返していた。
公園を散歩する大人たちには小さな話題になった。平日の昼にかけて公園で酒を呑んでいる不審者がいると。
公園で遊ぶ子供たちはその人のことをロビンフッドと呼んだ。
有名なソーシャルゲームに出てくるロビンフッドというキャラクターは、無精髭の男で"木属性"だった。
公園のロビンフッドは緑のダウンジャケットを着ていたから木属性。しかも無精髭を生やしている。
その男がロビンフッドと子供たちから揶揄されたのは、ある種必然だったのかもしれない。
「ありがとうロビンフッド!」
「ん」
スマホ片手にロビンフッドは子供にボールを渡した。
去り際に子供から言われたロビンフッドという言葉が、その男には何故そう言われたのか分からなかった。疑問に感じ、ロビンフッドは自身がなぜロビンフッドと呼ばれるようになったのかを考えた。
「昼間から酒を飲んでいる変なおっさんか……」
ロビンフッドは子供たちに手を振って応えてやり、近くの病院に視線を向けた。
次の日もロビンフッドは公園に現れた。
ロビンフッドは子供たちからロビンフッド!と、指を差されるなかで、公園の縁を辿る大人たちからは猜疑に満ちた目で見られているのを感じていた。
大人たちから何処か見張られているような感覚。
───まぁ、たしかにな。
ロビンフッドはビール缶を傾けたあと、ビール缶をダウンジャケットに仕舞った。
パチ、とロビンフッドは大きな狐の銅像の前で拍手した。途端、狐の周りから滝のように水が流れ落ち始め、童謡が端のスピーカーから鳴り響いた。
「すご!どうやったんがそれ!!」
子供たちが集まってくる。ロビンフッドは「お狐さんの前で拍手してみ」と言い、子供たちは大きな塊みたいになって狐の銅像の前に集まった。
刹那、大きく連鎖的に響き渡る拍手の音が木霊した。
狐の銅像から流れる水に歓声をあげる子供たち。
「昔は有名だったんやけどな。今は誰もお狐さんの前で拍手せんよなぁ。廃れるもんだな、こういうのって」
「そうなん?」
「そやで」
「知らんかった」
ロビンフッドはその後、子供たちと遊んだ。
だがロビンフッドの視界の裏には、常に何かがあった。
───もう、一日が終わってしまうのか。
28歳で結婚、結婚したその年でパートナーが大病を患い死亡。
「えー、ペンネーム"ロビンフッド"さんからのお便りでございます」
「なるほど、28歳で結婚してその年でパートナーが大病を患い死亡したということは、凄まじい苦労というか苦悩が窺えるわけでございますが。わたくしは同情はできますが。……えー、なんと申し上げたら良いかわから、適切なものか」
「そうですね。ですが、まずお便りを読んでいきましょうか」
「はい。───ロビンフッドは、昔西洋に存在したとされる、貴族や悪代官から物品を強奪し、貧しい者に分け与えていたとされる伝説的英雄です。私は以前、子供たちからそう呼ばれていました。私はちなみに平日の昼間から酒を飲みながら公園にいた浮浪者だったんですけど、なぜか子供たちから気に入られちゃって。見た目がロビンフッドだったらしいです。子供たちはなんでロビンフッドを知っているのかって話何ですけど、すごいですよね」
「最近の子はGoogleで何でも調べるそうですからね。あとAIなんかにも聞いてたりするらしいですよ」
「あの時の私は毎日が絶望でした。パートナーが大病を患っていたのに見舞いは平日の昼二時から四時の間。しかも面会は20分だけ。これは以前だと15分だったらしいので、コロナ禍よりいくぶんかマシになったみたいです。想像の通り、私は見舞いの前後に近くの公園で酒を飲んでいた訳です。毎日に絶望していましたから」
「絶望とは早とちりな気もしますがねぇ」
「ステージ4、末期ガンです。パートナーは子供を作りたかったと嘆いていました。私は公園で子供たちに本来あるはずだった幸福を見出しました。私たちは本来子供を作って幸せに暮らすはずだった。私たちにはその栄華すらなかったのです。パートナーは、延命を望んでいませんでした。思えばガンの兆候はあったと思います。ですが、私はそれを大丈夫だろう疲れているだけだと、何処か見て見ぬふりをしていました。パートナーは言っていました。心配してくれてありがとうと」
「もう一日が終わってしまうのか。パートナーは余命宣告の日が近づくにつれ、ため息のようにそれを私に話していました。あるべき姿にはならないもんだねと、公園の子供と遊びながら夫は廃れていきました。直に歩けなくなり、毎日吐いてばかりで。夫はビールが好きでした。私や看護婦さんの目を盗んで、外に出ている間にビールを飲んでいた夫はどこか可哀想で仕方なかったです。知らないふりして飲ませてあげたけれど、私は飲ませなかったほうがよかったと後悔しています。もしかしたら、もう少し彼と長く一緒にいられたかもしれないから。ねぇ峰くん。私はもっと峰くんと一緒にいたかったよ。遺言の約束守れなくてごめんね。公園のロビンフッドは生きてるよってラジオで言ってねってやつ」