陽炎
蝉の声が頭の中で重なり合い、
綺麗な思い出も、忘れたい過去も
全てをぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
川沿いのベンチに腰掛けながら、
煙を燻らすことに一生懸命な警備員を視界の端に捉える。
彼はきっと、お昼休憩の1時間をいつもこうやって過ごしているのだろう。
心の中で応援しながら、僕も一生懸命煙草を吸っている。
今朝、祖父が死んだ。囲碁の好きな人だった。
縁側でいつもラジオを聴きながら盤上を眺めていたのを覚えている。
夏はいつも、僕の大切な物をその熱気により溶かしては奪い去っていく。
冬生まれなのも関係しているのだろうか、
この季節を苦痛に感じなかったことは一度もない。
突き刺すような日差しが僕の皮膚を焼き、
汗腺から塩気混じりの老廃物が噴き出し続けるのを自覚する。
吐き出す煙が視界を遮る。
かたわらの昼休みの警備員、
反射を止めることのない川面、
地に陰を落とす木々のざわめき。
全てを一瞬だけ白く淀ませた煙越しの世界に、
僕は対岸に佇む祖父を見た。
背を曲げて対岸に立つその後ろ姿は、
紛れもなく祖父のものであった。
しかし僕は驚くことなく、ただ彼の背を眺めていた。
煙草の煙は直ぐに上に立ち昇り、
その背を曲げた老体を消してしまった。
束の間の陽炎が
僕の耳元で夏の半ばを告げ知らせると同時に、
すぐさま僕の身体と意識を現世に引き戻した。
目線を落とした先の川面に、
警備員が放り捨てた煙草の吸い殻がひとつ、
音を立てながら飛び込んだ。