書評『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話』
書評です。ヤニス・バルファキスのこの本はずいぶん前から話題になっていたのになかなか邦訳がでなくて英語版(原書はギリシャ語)読むかどうしよう悩んでいたら3月に邦訳でてたらしいのでお買い上げ。
著者のバルファキスは、2015年ギリシャ危機のさいにギリシャ財務相をつとめた経済学者である。彼が10代の娘に経済について易しく語るという体裁になっており、たいへんわかりやすい。まず第1章はジャレッド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』の要約といった趣である。なぜ地球上にかくなる地域間格差があるという話だ。いちぶ信用貨幣の誕生にもふれられている。
第2章は市場社会の誕生だ。市場社会とは資本主義とほぼ同じ意味である。土地ですら売り物でなかった封建社会から、だんだんとあらゆるおものに値段がついて市場で取引されるようになる過程が平易の言葉で解説される。
第3,4章は借金があって富が生まれるといういつもの内生的貨幣供給の話だ。預金を又貸ししてるのではなく、借金があるから預金が生まれるというのはいちど理解すればだれにとっても当たり前だけど、最初に理解してもらうのが難しい。本書はかなり噛み砕いて説明しているものの、成功しているかどうかはわからない。また私はこれ以上わかりやすく説明できる自信がない。
第5章は失業について。なぜ主流派経済学が想定するように、非自発的失業がなくならないかについて。労働者が余るような情況で賃金が下がると購買力の低下をつうじてさらなる不況をまねく。あるいは雇用者は雇用や設備投資の水準を引き下げようとするだろう。生産物が売れる見込みがないのに労働や資本の投入量を増やすのは自殺行為だから。
第6章は機械化について。機械化が加速して労働者への配分が少なくなるとこれまた購買力の低下によりものが売れなくなる。だからかつてケインズが夢見たように週3日15時間労働で残りの時間を人間的な活動につかうのがいいと提唱する。それには機械の一部をみなが少しずつ所有する必要があるという。これは政府が資本を所有してベーシックインカムを支給せよという左派加速主義に近い。機械は文句もいわずに働くが消費はしてくれないという指摘は重要だ。
第7章は信用創造のお話。これも大事なポイントでこれ以上ないほどわかりやすく書いてあるが、みんなにわかってもらえるだろうか。あと仮想通貨は上限があるからだめといういつもの結論。第8章はおもに市場の外部生について。
本書は小さいお子さんがいるひとにおすすめだし、私も子供たちに読ませるために買ったのだが、自分自身も大変おもしろく読めて新しい発見もあった。とくに第6章は示唆に富んでいた、例えば価値を決定する人間ぬきで機械になにが生み出せるのか?とか。どんなに機械化が進んでも最後に価値を決めるのは人間の理性であったり感情であったりするはずだ。あるいはAIはそれらすら代替してしまうのであろうか。