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石原千秋『「こころ」大人になれなかった先生 (理想の教室)』読んだ

漱石研究で著名な石原千秋先生に拙訳書『自由の国と感染症』を取り上げてもらったことがあって、それで石原先生の著作を眺めていたら気になるものがあったので購入した。おっとみすず書房じゃないか。

タイトルのとおり先生は大人になれなかった。もちろんKも大人になれなかった。彼らは他者を前にしたとき、そのあまりの理解してくれなさにゾッとするような孤独を覚えて処決した。

一方で、大人になったのは主人公の青年である。

以上が本書の主題である。

『こころ』にはいくつかほころびというか矛盾がある。例えば、先生の遺書ともいうべき手記に過去が生々しく綴られているが、先生は妻には知られないようにしてほしいと書いている。だのに、青年は公開しようとしているのである。

それは、石原氏によれば青年が大人になったから、先生の妻に知られても良い時期が来たからだという。ここから驚くべき結論に到達するのだが、漱石研究に詳しい人達の世界では常識なのかもしれない。

小説にあるこうした矛盾を作者のうっかりと打ち捨てることも可能であろう。あるいは、たんに青年が見落としたか失念していただけとしてもいい。だがしかし、その矛盾になんらかの作者の意図があったのではないかと考えるほうが、より豊かな読解につながることもある。

そうしたことを丹念に、かつわかりやすく著述しているのが本書である。あとがきでも、研究レベルを一切落とすことなく、一般の方にも読める本を出すことをライフワークにしているとある。

こちらは増補改訂版かな?

とりあえず、石原氏の書籍をもう少し読んでみたいと思ったのだった。

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はむっち@ケンブリッジ英検
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