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ブリタニカ百科事典 項目D
ブリタニカ百科事典のD
枕元の書 本を読むようになった原点。
俺の1番好きな本は、ブリタニカ百科事典のDだ。
小学3年生くらいの頃。
ある日、小学校から帰ってきたら、俺の枕元の本棚に新品の本がずらっと並んでいた。
その頃俺は、2つ違いの次男の兄貴(俺は3人兄弟の三男である)と2人で古臭い和室の6畳間を使っていた。
板の間の居間とは仕切りが襖一枚。貧乏くさい昭和感丸出しの和室の子ども部屋。そこに置かれた畳二畳分以上を占有して鎮座する巨大な本棚と分厚い本の数々を想像して欲しい。
小学生なりに、我が家の状況とはあまりにも不釣り合いこの上なさを感じた。
それと同時に、本の置かれた一角を眺める自分が誇らしげに感じられた。
理由は今でもよくわからない。
どうでもいい補足だが、当時の我が家は貧乏極まりなかったので、俺も兄貴も当時流行りのゲームボーイやらゲーム機を買ってもらえず、もっぱら家の隣の空き地で鬼ごっこしたり、友達のゲームボーイをやってるのを見せてもらいながら10歳違いの長男の兄貴のスケボーで遊んでいた。本なんて教科書と長男が買ってもらった「ぼくはおうさま」シリーズくらいだったから、本などそれまでほとんど読んだ事がなかったし、買って貰った記憶もほとんどない。
のちに、本は買って貰うのだがそれはまた別の機会に話す。
話を元に戻そう。
そんな平成とは似つかわしくない時代に取り残されたような貧乏一家だったにも関わらず、大工の祖父が、読みもしない文学&哲学&詩全集数十冊とブリタニカ百科事典30冊近くの本を押し売りされ、全巻購入してしまった。
ねっ転がると頭上にそびえ立つブリタニカ百科事典。
それ以来、いつも寝る前にDの項目が載っている第5巻だか第7巻を本棚から引っ張り出して写真を眺めていた。
何故Dかというと、DogとDiamondが沢山の写真付きで掲載されていたから。9歳の子どもを虜にするには充分な理由だ。
全巻全て英語なので犬とダイヤモンドの種類の名前以外の文字を読んだ記憶はない。
あとから知った事だが、兄貴がCを見ていたらしい。
Cの項目にはCarの車が掲載されていた。
俺が一緒に見ると言い出すのを回避するために、兄貴が犬の掲載されているDを俺に渡した事がきっかけだったようだ。
そんな兄貴の思惑を当時俺は全く知るよしもない。
そのうち、他の分厚い本は何が載ってるのかとぼんやりと眺めるうちに、一つの考えに到達した。
地震が来てこの本棚の本に押しつぶされる前にこっちから片付けるしかない。
何しろ、本棚は布団の枕元。
いつ地震で俺の頭上に倒れてきてもおかしくない。
小学3年生に謎の闘争心が芽生えたのと、子ども特有の強烈な好奇心に火がついた瞬間。
志賀直哉の美しく無駄のない文章や宮本武蔵の五輪書、トルストイの戦争と平和やドフトエフスキーの罪と罰、コクトーの抒情的な詩、デカルトの数学者らしい哲学。やたらと長いプルーストの失われた時を求めて、スタンダールの赤と黒。
今で言う文豪たちの古典文学やら哲学やら詩集を時間を忘れて読んでいた。
当然読めない漢字まみれだった。
しかし子どもの好奇心とは恐ろしくエネルギーが無限であり、読めない漢字は兄貴の漢字辞典と家族に教えてもらったりして何とかして読んでいた。
もう一度言う。
俺の1番好きな本はブリタニカ百科事典のDだ。
祖父が我が家に不釣り合いな全集やら百科事典をまとめ買いしなかったら、
兄貴が俺にCを見せないためにDを渡さなかったら、
俺がDを開かなかったら、
国語辞典と漢字辞典を片手に読書する小生意気な子どもにはならなかったし、小学校の教科書以外、本を手にとるような事もなかった。
これは俺が1番好きな本についての散文であり、決して啓蒙ではないし、いかに幼少時代文豪の本を読んだかという自慢話をしたいわけでもない。
残念ながら貧乏だったのも事実である。
言うなれば、ブリタニカ百科事典のDogとDiamondへの俺からの愛だ。
何度も言うが、
俺の1番好きな本はブリタニカ百科事典のDだ。
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