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ハードボイルド書店員日記⑦

近頃の書店はよくカフェが併設されている。

数年前、とあるブックカフェのメニューにカレー味のホットドッグが加わった。某小説の主人公が店で出す唯一のフードメニューである。ソーセージに刻みの入っていない点が再現度という意味で残念だ。味は悪くない。

「ホットドッグ、おいしかったよ」レジに立つ女性店員へ伝えた。「ありがとうございます」率直な笑顔だ。平成生まれのジーン・セバーグ。「簡単なものほど難しいんだ。よくできている」後ろの調理コーナーに陣取るアンナ・カリーナが北方謙三に遭遇した横山秀夫みたいな顔でこちらを見た。「ありがとうございました」ふたりのレディから時給1015円のお辞儀を頂戴した。76歳になった気がした。悲しみよ、こんにちは。

読んでいないのは仕方ない。私がこの本の存在を知ったとき、彼女たちはまだ水の部屋で四六時中安らかに眠っていたのだ。

「江戸川乱歩賞、直木賞、史上初のダブル受賞」
 高校生の私はその日も夜更かししてラジオを聞いていた。夏休みだった。部活をさぼり、どこにも出かけず、アニメを見たり小説を書いたりして退屈を紛らわせていた。和風ボギーのナレーションで「新宿中央公園」「謎のバーテンダー」と気になるフレーズが畳みかけられる。締めは「藤原伊織、テロリストのパラソル、講談社」。押し殺したムードと「パラソル」という南国の海を思わせるフレーズのミスマッチが、いか臭い十五歳の記憶に刻みつけられた。焼かれたソーセージの切り込みのように。

11年後の初夏に購入した。新卒で入った会社が解散し、半年間ぶらついた後で専門学校に通った。創作を一から学んでみたかった。ライティング講座を担当する元ライターの先生が、いちばん好きな長編として紹介してくれた。こういう話を書いてみたいと仰っていた。

読了後、私の意見は完全に彼と一致することになった。創作物の評価に限っては。喫煙の自由に関してはマーロウとレノックス、政治信条はルパンとホームズ、女性の好みは控えめに言って石原慎太郎と田中慎弥だった。

卒業して今年で12年になる。連絡を取りたいが電話番号も住所もわからない。職員名簿はラフロイグのストレートを四杯呷った夜に健康診断の通知書と間違えた。「どちらが先に小説を出すか、競争だね」という年賀状をいただいたのが最後だ。お元気ですか。私はここで生きています。レースもそろそろ佳境です。




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