「元気と希望の火」を灯す者
オカダ選手、さすがです。よくぞやり遂げてくれた。
私はコロナ禍の前から一貫して「東京オリンピック」に否定的です。会場の建設費などに使う税金で先にやるべきことがあるだろう、一時的に経済が活性化しても後で反動が来ることは歴史が証明しているじゃないか、と。そもそもインバウンド頼みの好景気なんて他国任せで不安定極まりない。
言い方を変えると、コロナがなくても開催に反対でした。
でもそれとは別に、聖火ランナーを辞退する芸能人を見て複雑な気分になったのもたしかです。皆さん様々な理由を挙げられていましたが、その判断にどうこう言うつもりはありません。生きる上で守るべきものは誰にでもあるわけですし。ただ寂しいなって。アスリートやスターの頑張る姿が元気や希望をくれるのは事実ですから。
いまの状況では辞退しても誰からも責められません(特にオカダ選手は腰の状態が芳しくない)。でも引き受ければ叩かれる可能性が少なからず発生します。にもかかわらず、人びとに手を振りながら笑顔を絶やさず、彼は最後までやり切りました。
すごいことです。すごくて尊い。スターってこういうことをできる存在だからこそスターなのでは? 少なくとも我が身の安寧だけを考えてのうのうと生きている私みたいな凡人にはムリです。シチュエーションこそ異なりますが、志村けんが命懸けで夜遊びを続けたことも根は同じ。いくら経済的に苦しんでいる親しい人たちを救うためとはいえ、私ならできません。
プロレスラーでいうと、棚橋弘至選手もひどいヤジを飛ばした客に「ありがとう」と笑顔で返したことがありました。彼は著書「カウント2.9から立ち上がれ」の中でこう記しています。
「世の中は最終的にはギバーが求められる」
彼らみたいなギバー(周囲に与える者)にはなれない。でもギバーの尊さや真意を曲解したり美化したり嘲笑したりしない凡人にはなれるかもしれない。オカダ選手のあだなは「レインメーカー」ですが、彼は「カネの雨を降らせる」だけではなく「元気と希望の火」を人びとの心に灯すこともできる存在なのだと実感しました。ありがとう。