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存在していることはどう証明するのか|『熱帯』 森見登美彦

森見登美彦著『熱帯』を読んで思い出したのは、昔大学で聞いてぼんやりと覚えているソシュールの記号論

まずモノが存在し、そこに我々が名前をつけている、のではなく。
名前をつけることで、モノが他者と区別され存在が認識できるようになる、という考え方。

「うつ病」とは比較的最近用いられるようになった概念であり、「うつ病」という言葉が広く知れ渡ることによって「うつ病」患者が爆増した、という話がとても印象に残っている。

「犬」と聞けば、それぞれ身近な犬種が思い浮かぶだろうが、「犬」について語りたい場合の意思疎通に問題は生じない。
だが何故、我々はあの生物を「犬」と呼ぶのか?
「犬」が「犬」であるから、我々は「犬」を認識することができるし、「犬」が「犬」でなくそれを指し示す言葉が存在しなければ、「犬」の存在自体も認識することはできないのである。

自分でも何を言っているのかよく分からないけど、森見登美彦著『熱帯』もそれくらい訳分からなくなるんです。


『熱帯』のあらすじ

スランプに陥った森見登美彦氏が読み始めた『千一夜物語』が、謎の本として記憶に残る『熱帯』に触れた学生時代を呼び起こす。

『熱帯』は、記憶をなくし無人島に漂流した若者が、その本の作者と同じ名前を持つ「佐山尚一」と出会うところから始まる。
<創造の魔術>、海域を支配する魔王、謎の組織「学団」、ファンタジーのようだが、それがどんな物語であるかを一言で説明するのは難しい。
物語の結末が気になり、読むスピードも早くなる。
しかし『熱帯』は、読み終えることなく唐突に登美彦氏の前から消えてしまった。

十六年間、再び読みたいとどんなに焦がれても見つけることのできなかった『熱帯』。
そんな中、友人に誘われて訪れた「沈黙読書会」で、その本が再び登美彦氏の前に現れたのである。

第2章は『熱帯』を手にしていた白石さんから語られる、『熱帯』との再会の経緯と謎を解き明かすべく奮闘する物語。
同じく『熱帯』の謎に囚われたメンバーと構成する「学団」という組織の中で、突然メンバーのひとりである千夜さんが姿を消す。

白石さんはいう、
「私は他にも『熱帯』を読んだ人たちのことを知っています。けれども、その人たちの中にも、最後まで読んだという人はひとりもいない。」

『熱帯』とは何なのか?
果たして『熱帯』の謎は解き明かされるのか?

目に見えるものが果たして存在しているのか?

水平線は目に見える。しかし存在してるのか?

『熱帯』森見登美彦より

「水平線」に触れることはできない。
それが「水平線」と名付けられているから、我々はそれを「水平線」と認識することができるのだ。

それは果たして「存在する」と言えるのか?

ソシュールに言わせれば、「水平線」という言葉がある以上、「水平線」は存在していることになるのだと思うのです。

ただし、「それ」を「水平線」と名付けた人がいなければ、我々は今も「それ」を認識することはなかった。
イコール「存在しなかった」ことになるのである。

記号論でいうところの「名前をつける」という行為が、この小説でいうところの「書くこと」なのではないだろうか。

書くことで物語が生まれ、その登場人物たちは読者の中で息づく

書くこと、それは向き合うこと

何気なく読んだ過去の自分の日記がとても面白かった。
どこか物語調で、抑揚がありスイスイ読んでいけるような。

今のわたしにこの文章が書けるだろうか?

昔のわたしと今のわたしで何が違うのか。
そうだ、小説を読まなくなった

そんなきっかけでこの小説を読み始めたわたしには、『熱帯』に刺さる言葉がたくさんあったのです。

物語ることによって汝みずからを救え

『熱帯』森見登美彦より

混沌とした思考や、漠然とした不安も、書くことで浮き彫りになり、かたちづくられる。
見えていなかったものが見えてくる。
それはまるで『熱帯』に出てくる「不可視の群島」のように。

自分に向き合い、自分の感情に名前をつけてあげること

わたしにとっての物語はそれなのではないか。

書いて自分と向き合うことで救われる。

読む人の数だけ『熱帯』は存在する

森見登美彦著『熱帯』の中に佐山尚一著『熱帯』があり、
その中でも『熱帯』が綴られている。

「皆さんの読んだ『熱帯』は贋物なんです」
「私の『熱帯』だけが本物なの」

『熱帯』森見登美彦より

わたしが小説中の「書くこと」に強く心惹かれたように、
読む人によって言葉の受け取り方はさまざま。

わたしがnoteに『熱帯』の感想を綴ることも、
新たな『熱帯』を誕生させることにつながるのかも。

なんて、たいしたことは書いてないのに、
そう思わされる、そんなお話でした。

読んだあと、なんだこれはーーー!
となり、考察ブログを読み漁ってしまいました。笑
みんなでいろいろ感想をぶつけたくなる。

二度目はきっとまた違った感想を持つと思うし、
少し時間が経ったら、再度読んでみたいと思います。

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