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【人生の100冊】1.沢木耕太郎『彼らの流儀』

<はじめに ~人生の100冊の趣旨~>
noteで【最近読んだ本】という書評エッセイも書いていますが、「最近」ではなく「昔」読んだ本の中で、今ぱらぱらとページをめくっても「ここ、たまらん!」「きゅーんとする!」という、私の中でいつまでも色褪せない本への想いを書いていこうと思います。現代作家のものはもちろん、古い文学や古典、もしかしたら漫画も入るかもしれません。
特に期限は設けませんが、一応100作品を挙げるのが目標です。
私個人の便宜上、タイトルにナンバーを入れますが、「1が一番好き」「1番古い本」など、数字の持つ意味はありません。本棚で目についたものや、その日の気分で書いていこうと思います。
何か少しでも読んでくださった方の心に響く言葉があって、「これ、読んでみたいなぁ」と1冊でも思っていただければうれしいです。

沢木耕太郎さんの代表作といえば『深夜特急』だろう。私も分厚い3冊を夢中になって一気に読破した覚えがある。それ以前の作品も、『人の砂漠』『一瞬の夏』『バーボンストリート』など好きなものが多く、1990年代前半は沢木さんの作品をひたすら読み、神のように崇めていた。

ただ、沢木さんの著書で何か1冊を挙げるとするなら、私は『彼らの流儀』なのだ。

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もう売っているのは文庫しか見つからなかったが……。

これは朝日新聞上で1年余り連載された33篇のコラムを、1991年に単行本として編集・発行したものだ。あとがきで著者自身が書いているが、「コラムでもなく、エッセイでもなく、ノンフィクションでもなく、小説でもない。しかし、奇妙なことに、同時にそれらすべての気配を漂わせる」スタイルの本となっている。まさに「沢木節」とでも言おうか、著者と登場人物の距離感が独特で、確かにどのジャンルにも属すようで属さない。しかし、読んでいてすーっと心に届く。

この本の中で沢木さんが書く人物は、誰もが知る有名人や、何らかの世界の職人のこともあれば、一般人のこともある。

いつも思うのは、沢木耕太郎さんという人は、世の中や人を見る目が優しいのだな、ということ。人の生き様を優しい目で見て、まっすぐに書いているのが伝わってくる。そして、どこかドラマチックなのだ。

33篇の中で私が特に好きなのは「あめ、あめ、ふれ、ふれ」。これは、傘のブランド「サエラ」を立ち上げた、ひとりの“傘屋”の話だ。

傘屋の彼に、その半生や「サエラ」立ち上げと成功のことを聞いた後のラストシーン、沢木さんと傘屋の彼とのやりとりがたまらない。

たったひとりの傘屋がつぶやくように言う。
「僕は傘屋で幸せです。雨が降れば嬉しいし、晴れ上がれば気持がいいし、どんな天気でも楽しく過ごせますから」
私は笑って相槌を打つ。
「幸せだね」

きゅーーーーん!!

これは「読み手」というよりも、私がライターという職業に就いている「書き手」だから、たまらないのかもしれない。取材相手のこんな言葉を引き出せて、それをラストに持ってくる。なんて、なんて素敵なんだ!と思ってしまうのだ。

この傘屋の彼はこういう人柄ですよ、と書かなくても、最後のこの言葉を読めば、それだけで彼がどういう人物なのか、傘作りにどんな姿勢で向き合ってきたのか、すべてが伝わってくる。何より、この言葉で、私も幸せな気持ちになる。

私も取材相手をこんなふうに優しい目で見つめたい。そして、30年経っても変わらずに、読んだ人をきゅんとさせられるような、そんな文章が書ければいいのにと、いつもこの本をめくるたびに強く思うのだ。








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