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おとこのこのともだち

Aくんは転校生だった。

いなかのわたし達の世界にやってきた、
とうきょうの、おとこのこ。

マンガみたいな設定で、
小柄だけどかっこよくて、
フレンドリーな子だった。

一度だけゲームセンターで
男の子達の集まりで見かけた時は、
地元の子とはやっぱり違う、オシャレな格好で。
雑誌に特集されているような、
スナップから出てきたような。

スポーツ系の部活に入っていたけれど、
美術の時間にとっても上手な自画像を描いていて。
わたしたちの小さい世界では
彼のすべてがとくべつに思えた。


時間は少し経って、
私は田舎から大学進学で上京した。
学校帰りにオシャレなカフェに寄ったり、
下北で古着屋を巡って、原宿で買い物を
しながら、読者モデルの子を見かけてドキドキしたり。
夜は映画で出てきたクラブに行って、
電子音を楽しんだ。

そんな時に、Aくんと、同じクラスだったBくんも
上京していた事を知り、時々3人で遊ぶようになった。

夜の東京をみんなでドライブして、冬の真っ黒な海をみてタバコを吸った。

音楽に詳しかったA君は、私の好きなジャンルの
ミュージシャンやイベントを教えてくれた。

彼自身も音楽イベントをしていたので、
友達と一緒に遊びに行ったりもしていた。
時にはA君と2人で、アングラな映画を観に行ったりもした。

キラキラした東京の中でも、やっぱり彼は特別だった。

ただわたしたちは、ともだちを超えて
とくべつな関係になる事はなかった。

わたしには自分から伝える勇気はなくて、
彼からの言葉を期待した時もあったけれど、
それを聞ける時は訪れなかった。

そして、もしうまくいったとしても
いつか別れが来て、一生会えなくなることよりも
いつでも会えるともだちになることを選んだ。

そこからなんとなく疎遠になって、
何年かに一度集まったりしたけれど
会わない期間の方が多くなった。


わたしたちはそれぞれの生活を生きて、
おとなになったころ、Bくんの声かけで
偶然集まる機会があった。

私は婚約中だった。
優しい未来の夫は仲の良かった同級生との飲み会を
快く許してくれた。

久しぶりに集まったみんなは、変わっているけど変わっていなかった。

Bくんはその時シングルで、Aくんには彼女がいた。

Bくんがふと、
「おまえさあ、Aのこと好きだっただろ」
と、漫画のような問いかけをされてしまった。

動揺した咄嗟の私も、軽く笑いながら、漫画の様な受け答えをしてしまった。
「うん、大学上京した頃は好きだったかな。」

A君は
「そうか〜…いやあ、その時に言ってくれてたら良かったなぁ。」と軽いトーンで言った。

私達はお互い笑った。
笑いながら、
わたしの中の20歳のわたしだけがバラバラと壊れていた。

あのとき、わたしからもし伝えていたら、この未来は違っていた?

頭の中のぐちゃぐちゃな気持ちを抑えながら、私達は楽しく飲み過ごした。

軽く過去の話をするふりをしたけれど、
ほんとはとっても重たいのだ。
本当はもう、抱えきれないくらいに。

ぐちゃぐちゃの気持ちのまま、
私はA君を別の日に飲みに誘っていた。
浅はかな私のメールに、
彼は自然にOKをくれた。

この日が、彼と過ごした最後の時間だった。

あのときの、

もし

を変えられるのか

葛藤の中で

わたしたちはたわいもない話を楽しんだ。

いままでも、その時も
かれは自分からなにかを越えることはなかった。

結局はわたしだけの想いだったのか、
ほんとの所を聞くことも結局なかった。


そして私は結婚し、
彼とあうことはなくなった。

SNSの繋がりだけの中で、お互いに時々いいねをしたりするだけになった。


あとのきの

もし、

を越えた関係の2人を

私は時々夢に見てしまう。

本当の夢に、無意識に出てきてしまうのだ。


20年近く経ったのに、
自分のレム睡眠が
恐ろしく怖く絶望する。


会えなくなることが嫌で、

ともだちを選んでも、

結局会えなくなってしまうことを
20歳のわたしは知らなかった。

ただ、わたしも
過去のわたしの夢を叶えてあげるよりも、
目の前に大切にしてくれるひととの未来を選んだ。

平安時代では、
夢はもう一つの現実と捉えられていたという。

何が正解なのか、
未だにわからないが

かれを夢で見なくなる日が
早くくればいいのにと

脳みその片隅に思いながら
まいにちがまたすぎていく。


わたしの人生にとって、
とくべつだった
おとこのこのともだちの話だ。



………


そこから時は経って、
私は病院の点滴を眺めながら横になっている。

血管が浮き出た皺皺の手を眺める。


86歳。
ありがたいことに充分生きることができた。

息は苦しい。


瞼が重い。


もうすぐ夫に逢えに行けると思えば、
怖くない。


病院の窓は結露して
ゆっくりと雫が垂れていった。


12月の真っ黒な空は、
いつか3人でドライブして見にいった
夜の海に似ていた。




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