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チャンスがピンチになってしまう……。“準備”に最も大切なのは「メンタル」である

※写真は中日スポーツ(8月11日付)より。“勝負弱さ”が目につくビシエド。この場面で4番に求められるのは犠牲フライでなく、“最低”タイムリーヒットだ

待てなかったビシエド

 それまで“例によって”沈黙していた打線がようやくつながったのは6回裏。申告敬遠後に投手・山﨑伊織にツーベースヒットを打たれるなどで3点を献上し、0-5と突き放されたその裏だった。
 先発・松葉貴大の後を受けた根尾昂が、ストレート主体のピッチングで空振り三振を取り、読売ジャイアンツが完璧に握っていた流れをほんのわずか奪い返したとも言える。

 大島洋平、岡林勇希の連打、さらに阿部寿樹の四球で無死満塁。打って激走した影響に加え、投球練習も不十分だったかもしれない山﨑の球は乱れ始めていた。バッターは4番ダヤン・ビシエド。中日ドラゴンズにとっては、絶好のチャンスだった。

 テレビ解説を務める鈴木孝政さんが言う。「『いらっしゃい!』の気持ちで、どれだけ待てるか、ですね。必ず甘い球が来ますから」──。打者目線のように聞こえるが、鈴木さんはドラゴンズのかつてのエース。裏を返せば、多分に投手心理に寄り添った、自らの数多ある経験からの言葉だ。球威が落ちている、変化球のコントロールが定まらない……。山﨑自身、自らに疑心を抱き始め、実際に捉えられ、見極められた。彼はそれほど追い込まれている状況だということだ。

 外寄り高め、143kmのストレートを強振し空振り。責任感が強く、打ちたい気持ちが強すぎるあまり、前方に突っ込んで球を迎えてしまうビシエドの悪癖が露呈する。相手の心理状況を読むなどという余裕はまったくなく、ただただ自分の感情のみで走る。「こんなにおいしい場面はない」はずなのに、独り勝手に追い込まれている。

 2球目は外角低めに外れるツーシーム。そして3球目。まったく同じところへ、今度は大きく外れていくカットボール。体勢を崩しながら、強引に拾い上げてしまったボールは力なくライトへ飛んでいき、三塁ランナーの大島すら帰れない、平凡なフライに終わった。

「厳しい言い方をしますが、ビシエドは昨日今日出てきた選手じゃない。7年間、4番として何百試合も出ている経験豊富な選手がこれでは……」。鈴木さんの言葉に、大きく頷かされる。1死満塁とチャンスは続いたが、私はここで「勝負あった」と思った。長年ドラゴンズを見続けてきての“経験”から。

負の連鎖

 次打者の木下拓哉もほぼ同じ攻めをされた。3球目のカットボールを引っ掛けてボテボテのサードゴロ。ビシエド凡退でプレッシャーが強まった末のパフォーマンス。「満塁で結果を出せていない」トラウマもあり、表情もスイングも固まっていた。
 だが、ホームに投げるかどうか迷った岡本和真は結局投げず、ファーストへ。いったんはアウトと宣告されたもののリクエスト後に覆り、結果、木下の内野安打で1点を奪う形となった。
 公式発表にしたがえば、「木下のタイムリー内野安打」。だが、明らかな岡本のミス。バックホームから1塁転送でダブルプレーになっていてもおかしくないものだった。

 4番の凡打に消沈し、5番の“凡打”でさらに沈みかけたところを、相手に助けられて続いたチャンス。これは投手だけでなく、ジャイアンツ全体に大きな影を落とす場面だ。ここで追加点を奪えれば、チームとして与えるダメージは計り知れない。4番から6番に降格された岡本も、さらに追い込まれたはずだ。けれども、ペドロ・レビーラ、代打の福田永将も同様に、「いちばん手を出してはいけない」アウトローのカットボールでファーストファウルフライに終わった。いずれも前打者の凡退により、プレッシャーが倍々になっていった末。今の、いやここ数年のドラゴンズには、「オレにチャンスを回せ!」というがっついた選手が1人もいない。むしろ「回すな、回すな……」とビクビクしているようにしか見えない選手ばかりだ。

 技術不足。この言葉に集約してしまうのは簡単だ。戦力不足。それもまたしかり。だが、どう考えても私には「メンタル」の問題しか浮かばない。チャンスがピンチにしか見えないバッターの表情、所作。そしてプレーぶり。本人の「メンタル」の問題もだが、チームの雰囲気の影響が、より大きいと思っている。

 チャンスでビシエド。普通なら「イケイケ」の場面だ。けれども、そんなムードは皆無。「ビシエドに信頼がないから」が大きな理由だが、無理矢理にでも“彼を乗せていく”、そういう雰囲気づくりも「技術のひとつ」と私は考えている。

 と同時に、自らを洗脳するやり方も求められる。スポーツ選手なら、いや、われわれ一般人も1度はしたことがあるはずだ。緊張する場面に赴く前の、心の落ち着け方。「手にいくつも『人』の字を書いて飲み込む」というのは昔からの言い伝え。やり方は様々ある。

自らをプラスに洗脳する

「舞台に出る直前、『俺はおもしろい、おもしろい』って呟きながら、舞台袖を走り回っていたよ」。あのビートたけしさんがツービート全盛のときでさえ、自らを洗脳していたというのは有名な話だ。

 比べるのもおこがましいが、自分の場合。編集作業が佳境に入っているにもかかわらず、原稿を大量に抱え、でもまだ取材もたくさんある状況。顔を洗っていると、何度も餌付く。が、その度に「いや、オレはできる。本もできる。今まで、本が出なかったことないじゃないか」と心に念じる。すると、スッと楽になる。そうしたときは、周囲もよく見えるようになる。気を配れるようになる。自分で言うのもなんだが、いちばん忙しいときに、いちばん人に優しくなれる。困っている人をサポートすることも、この時期が圧倒的に多い。いつもより周りが見えているから気づくのだ。

「そんな簡単なことで結果が出れば誰も苦労しない」。もちろんそうだ。ドラゴンズだって、チーム付きも当然いるだろうし、パーソナルのメンタルコーチがそれぞれ付いているかもしれない。だが、「チャンスがピンチになる」表情や仕種を見れば、相応の結果が出ているとは断じて言えない。

 ボクシングでいえば、「ジムチャンピオン」という言葉がある。「スパーリングでは滅法強いのに、試合になるとその能力を全然出せない」選手のこと。もちろん、相手あってのこと。研究だってしてくる。でも、それ以前に“自分”を出せない。そういう自分を意識するあまり、逆の洗脳をしてしまっていることもある。周囲の“雰囲気”も大きい。
 準備段階でのマイナス思考は大いに結構だが、本番でほんのわずかでも、マイナスがちらついたりしたら、負の方向へ一気に転がってしまうことも往々にしてある。一瞬で決まってしまうボクシングだからこその怖さだ。

 どんなに強い選手、強く見える人でも、皆同じだ。実力に差はあれど、自分を出すことを目指すのは変わらない。それができるかできないかは「心の問題」。それを可能にするのは、練習や仕事に没頭する努力はもちろんのこと、一歩引いて、“本業”以外をゆったりと見つめ、耳を傾けることも大事な要素。そういう諸々を含めての“準備”なのだと思う。

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