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#掌編小説
【掌編小説】去年の冬、別れた彼女とは
去年の冬、つまり年が変わる前に別れた彼女とは、学生の頃からのつき合いだった。同じ学部で、帰りの電車も一緒で、趣味も同じ—―必ず帰り道には書店に寄って、岩波文庫や新潮クレスト・ブックスやハヤカワ・ミステリを探し回る――だったから、必然、顔を合わせば話すことも多かった。どちらかというと、僕のほうから好意を抱いて彼女を家に誘った。それからつき合いが始まった。
――恋人というより、気の合う友だちって感じ
【掌編小説】2月生まれの彼のこと
生理いつ来たっけ、とiPhoneを操作していたら、誤ってカレンダーを開いてしまった。すると、リボンで結ばれた箱のマークが目に入ってくる。2月25日――今日は、ひろと君の誕生日だった。
ひろと君とは、大学生の頃知り合ってから、3年つき合ってわたしから別れを切り出した相手だった。わたしから、と言っても、ひろと君はすでに浮気を3回繰り返していて、4回目でもうこの子は心がひとつにとどまることはないんだ
【掌編小説】孤独な隣人
電子レンジが唸る音と同時に優花は目覚める。唸っている電子レンジは優花の部屋のものではなく、ひとりで住む隣の中年の男のものだった。それでも優花はその音が煩わしくなく、むしろそれのおかげで好ましい気持ちで目覚められることに感謝していた。ひとりで暮らしてから3か月。暮らし初めた頃、夜には孤独が続く恐怖に怯え、朝には現実を迎える絶望に耐えていた優花は、次第に隣人の物音に耳を澄ますようになった。自分が孤独
もっとみる【掌編小説】嘘の恋人
琴葉が初めに愛した男は、A4のチラシ紙の裏にいた。子どもの頃、琴葉は学校を終えると、誰とも一緒に帰らず、自宅に向かう長い坂道をひとりで歩いていた。自宅の古いアパートのポストに入ってあるチラシを掴んで部屋に入ると、琴葉は帰り道で思い描いた男のことをそのチラシ紙の裏に書いていた。男の名前は、シュア。いつも青ざめている額に、聡明そうな大きな瞳。シュアは孤独で、琴葉が唯一の友人だと言った。琴葉はシュアに
もっとみる「今夜は晴れるでしょう」
もう戻れないよ、と和美はいった。俺は承知していたけど、それでも「戻ってこいよ」とうつむきながら呟いた。和美の部屋の前で、情けなく雨に濡れた姿で。
「戻ってほしかったら、どうしてあのとき……」
和美はその後をいわなかった。いわずに、俺にタオルを差し出した。夜にとつぜん部屋に押しかけたのにもかかわらず、和美は相変わらず優しかった。
俺は、タオルを受け取って握りしめた。背後で玄関のドアが閉まる。俺の前髪
そのとき、別れればいい
潤くん、無理しなくていいよ。
夜遅くの電話で、香奈さんは喉の奥がきゅっと締められたような声で、そういった。無理? 俺はベッドに寝ながら、その意味を香奈さんに聞いた。うん……、無理にわたしに会わなくても、いいよ。そういった後、香奈さんはふふっと笑った。ごまかすように。
別に、無理しているんじゃないから。
そういって、電話を切った。午後10時過ぎ。自転車でいけば、香奈さんのアパートまで20分く