冬の死
冬が巡ってくると、君を思い出す。君はたしか、冬の最中に生まれたくせに、冬のことを嫌っていた。理由は「なんとなく」で、「なんとなく……」といったあとに、「死の気配がするから」と真実味を持った声でいったのだった。なんとなく、といったのは、その本音を少し濁したかったのだろうと思う。
たしかに君は、冬が近づくと、とたんにわたしと会う頻度がぐんと下がった。君のことを嫌ったとかそんなんじゃないんだ、という言葉はそのまま受けとったけど、君は冬が含む死の香りに、強烈に惹かれていたはずだった。
君から送られてくる文面に、ときおり、消えたい、だとか、終わりにしたい、だとか、そういった言葉が混ざっていた。わたしは、予感はしたけど、君はただ死に惹かれているだけで、死ぬことに関しては恐怖感を抱いていたはずだと思った。この世の未練とかそんなものではない。恐怖感は、恐怖感で、呼吸がとまる、心臓がとまる、思考もとまる、すべてがゼロに帰すこと、それに伴う想像もできない苦痛……、そうした未体験のことに、臆病な君はきっと恐怖を感じ、身体をふるわせていたことだろうと思う。
冬が塗る街の色や匂いはきっと君にとっては、死を象徴していたのだろう。かつて子どもの頃観た、無惨な宗教映画と重なることがあったのかもしれない。冬という季節を、わたしと君は温かい室内で、身体を寄せ合ってコーヒーを飲むことで、なんとか過ごした。テレビをつけず、静かな音楽を流して、子どもの頃感じていた君の孤独の話に、耳を傾けていた。
……誰もいなくて、……俺の家に、誰もいなくて。ひとりでテレビをつけながら、お母さんが帰ってくるのを待っていたんだ……、ときおり鳴る電話の音にびくびくしながら……夜八時を過ぎてもお母さんは帰ってこなかった……、ずっと待っていた……ずっと、そのあとも眠れなくてずっと……。
その日は君の誕生日だったのにもかかわらず、君のお母さんは、君以外のひとと、食事をしていた。もちろん、それは君のお父さんではない。お母さんがほんとうに好きになったひとだった。
君は実の親から満足のいく愛情をもらったことがないといった。それはきっと君も同じだろう、だから君とは通じあえるところがあるんだともいった。わたしの身の上すらしらずに、君は勝手にそう想像していた。わたしは君のことを「カワイソウ」と思った。カワイソウ、だから、君を抱きしめた。
君はまだ死んでいないし、わたしも生きているし、ふたりとも、そのときよりも、カワイソウではなくなった。でもきっと君はまた冬を怖れているのだろう、と思う。わたしが冬になると君を思い出すのと同じように、君も冬になると死を想起してしまうのだろう。もらうはずだった愛が、別のひとに向けられていたこと。それはきっと君にとっては死に近かった。
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